FC2ブログ
何人かの出来事を聞いてひと言。
現実を受け止めるってことは、起きていることから目をそらすこと無く、受け入れて、さてどう変えていこうか、ということに着手可能な状態に自分を置くっていうことで。だからこそ、思わぬ無自覚なところでやらかしてしまった自分の言動のあれやらこれやらたちを知るきっかけが来たときには、責めること無く嫌うこと無く見届けてやろう、とするとよいのだと思います。耐えがたい気持ちも含めて、そんな自分を受け入れていくほどに、見えてくるものも増えるでしょう。凄い人になれよとか、清廉潔白な人になれよという話しでは全くないのです。私たちはいつだって通過点にいて、失敗からも成功からも普通の出来事からも、それらのすべての場面から常に「何を学ぶか、何に気が付いたか」ということがおそらく大切で。ゴールに到達したら気を抜いて楽していい、何もしなくてよくなる、ということではないですね。
現実を受け止めることを先送りするという場合や、そういう人もいますが、逃げ続けているということには気が付いてしまっていて蓋をしているだけなので、何かに怯えるとか恐いとかびくついていたり、環境や他者の目を気にしすぎるというような症状も起こるでしょう。他者をどれだけ誤魔化してかわしていても、自分が一番重要なことから逃げているという本当のことを知っているのです。日々の中で堂々と胸を張ってはいないはずです。
あと例えば、タロットパスワークなど、ひとつずつ自分の今を見つめていくことに手を出すと、時に確かに苦しくもなるのだと思います。どのように実践するのか、と問われているような場面にも出くわすからです。これまでの集団性から離れて独自路線を求めたい人にとっては、乗り越えていくことに大きな意味を見いだすでしょう。


2018.09.29 Sat l 自分との出会い l COM(0) TB(0) l top ▲

コメント

コメントの投稿












       

トラックバック

トラックバックURL
→http://cafenanairo.blog87.fc2.com/tb.php/3286-f932f7ed
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)