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一日早いけれど、9月の予定をアップしました。
最近はびわの葉茶を常時飲用しています。ホットで。

物心ついたときから、いつか旅立つときにはちゃんとしたい、ちゃんと死にたい、っていうのがありました。だからこそ「生きる」っていうのがどういうことなのか探さなければって思っていたし、そうしてきました。今も変わっていません。3歳くらいの時に10年は生きられんやろう、と医者に言われたような病弱さだったということも関係あるでしょうし、当時、父親はとある大きなお寺の一番上の役員をしておりほとんど家にいませんでしたが、生き死にについてのいろいろな不思議な話を聞く機会が多かったからというのもあるでしょう。その父も結局は組織を離れ我が道を求めてひとり旅をしていました。
地上優位という中においての常識などからだということが今はわかるのですが、若い頃に、見えるものに価値を起きすぎているとか蟹座のエネルギーの強いような感じの霊能者の方々からは、人間として言語道断である!と座ったなりに怒られるということがよくありました。中には電話受付の段階で断られたり、「降りてきなさい!人間なんだから!」と目の不自由な方に叱られたり。顔を見て5分で「言えることが無い」と、帰ってくださいと言われたこともあります。
北陸にいるころでしたが、面白いので霊能者巡りをしていた時期があります。どの位置から見ていると「それ」がどう見えるのかに興味をもったからです。その能力者の方が何を信じているのか、そこにいると何がどう見えるのか、そういうことに興味を持ちました。何人にもあってみると、違ったことを言う人にも出会います。「あなたには専用の存在が居るから私の出る幕では無い、私のとは違う存在です。それを持っていてなぜここに来たの?」とか、「あなたには師匠的な人が出てくるようだけれど、その人は地上からは誰からも見えない、本質が隠れてる、隠している、誰も本当の姿とかわからず、本当のこともなかなか見えない人だろう」とか。20代前半には、外国のサイキックの方に「やがて象徴解釈の仕事をしていくだろう」と言われたことも。
その後、そういったことを占星術ではどう読むのか、出ているのか、絵や作品や声やオーラにどう出ているのか、ルーツはどこまで知ることが出来るのか、など、様々なことに興味を持ち、勉強を始めて行くことになるのでした。

2018.08.31 Fri l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲

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