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私たちは、自分に何らかの制限をかけてるのが当たり前になっていたりします。時にそれはあまりにも無自覚に、です。私たちは無自覚なそのすでに信じ込んでしまっているものに日々左右されています。幼少期からのことや、前世からのことが残っていて、その不自由さを自分の持ちものだと信じて、生きにくさをどうしようもないものとして知らず諦めてしまっている場合もあります。
本当には、あらゆることから離れていくことは可能です。自分を育てていく過程が必要になるので、時間はかかることになりますが、諦めずに日々様々な練習をしていくことが一番の達成への近道です。
私たちは、自分が知らない様々なことをあえて体験していき、そこから自由になることが重要なようです。知らなかったことを知って、体験して、やがてそれに興味を示さなくなることが自分に起きる時がやってくる、という流れが必要です。何にも手を出すことなくただ頭の中で「興味があるんだろうか、無いんだろうか」「自分はそれを欲しいのだろうか、したいのだろうか」と考え続けるだけでは、内在している興味や欲はいつまでも消えることはなく、「だって、それを欲しいと思ったことなど無い」と言えたとして、それは対象に近寄ることさえ制限していた抑圧だったりもするのです。そういう場合には何らかの突発的な出来事で対象に出くわしたときに「自分のせいではない」「望んでなどいないのに向こうから押し寄せてきたんだ」「だから自分は悪くない」というような思いさえ出てくることがあります。これは思いっきり自分から逃げ出している状態。
近寄って、知って、体験して、わかって、やがて囚われなくなる状態が自分に起きた時にこそ「それは自分にはもう必要ないから手を出さない」と言えるようになるでしょう。
日常の中に居ながら出来る練習ってたくさんあるのです。


2018.04.19 Thu l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲

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