ご質問を頂いているので、少し書きます。
まずは私という存在が経験によって様々を信じ込み特有の世界観の中に生きている存在であるだろうということを仮定し、そういう捉え方に徐々に慣れていきましょう。私たちは信じ込んでいるものがある故に、何かの出来事に対する反応や想像が、過去の自分の経験に由来するものからの過剰反応の場合があります。行き過ぎた場合には、時に被害妄想的なところにまでいってしまったり。
これらは過去の体験による傷のケアが必要な状態です。信じてしまっているパターンも、より知っていく中で解除したり書き換えたりすることが可能です。
複数の人で何らかの同じ場面にいたとしても、他者から見た時の現実と自分から見ている現実が違う風景であったり、それぞれが全く違う印象や意味を持っていたりすることも普通に日々起きているよ、ということを受け入れていくことになります。ひとりずつが信じ込んでいる世界観や体験、過去の傷などがあるからです。それを知らず持ち寄って出会っているのが私たちです。怒りや悲しみでひどく感情的になってしまう時がある時、それは例えば自分の立場になって寄り添うように自分のことを理解してくれる状況やそんな心の人を強く求めている、あるいは強く要求している、のかもしれません。そんな自分にも少しずつ気が付いていくために、時に振り返って自分の言動に気持ちを向けましょう。
自分のことではあるけれど、ああ、無自覚なままの自分がどんなにたくさんあることか!
自分との出会いのひとつずつを受け入れていくほどに、気付かぬうちにほどけて、そしてやがて変容していくものがあるでしょう。

2017.09.13 Wed l 自分との出会い l COM(0) TB(0) l top ▲

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