自分のことを知る、とか、自分に近寄るというような取り組みのワークをしている中で、あらゆる自己の感情を見つめ続けて解放して…、ということを続けてやがて完了っていうようなどうにかなる日が来るのかっていうと、それだけではどうにも達成感を感じられず、さらにそれ以上前に進まなくなっていくというのを感じる時が来ると思います。
これは感情的に取り組み続けることを優先していた部分が大きいから、ではなかったかということを、見直していくチャンスの到来です。しっかりと立ち止まりましょう。
私たちは「私」が納得したいので、今の私が理解すること、この自分にわかること、というのを無自覚に重要視しています。今の自分に理解できたことを採用する、という決定の仕方になりがちです。感情に呑み込まれていることも多い私たちが、一段も二段も高い位置からの視点の体験をしないままに自分を見たこともない場所へ自分を進化させていくことは、理想や思い込みにもなりやすく、さらになかなかに簡単ではない…、どこに向かえばいいのかさえわからない…という体験をすることになるでしょう。当然です。
かといって今の自分の日常的感情を重要視したままの判断の連続は、シフトや気付きというところに接続しにくくなっていきます。
これは意識の構造についてや意識の階層についての学びがまだの場合には特にそうでしょう。意識についての古来からの知恵について学んでいくことが助けになります。自分の可能性を開き、速度を変えていくためにも日常的な瞑想練習も必要です。
何について学び始めればいいのかさえわからない、というところから、私たちの旅は始まります。知らないことは悪いことではありません、ダメなことではありません。だから自分を卑下したり責めたりはしなくていいし、ひねくれたりしなくてもいいのです。
まだ見たことのないものを知っていくために、その「知る」ということに対しての自分の視線や出会い方、向かい方、その歩き方など、過去の体験や現在の日常を振り返ってみましょう。そこにも自分特有のものが表れているでしょう。さらに何かを求めて実際の行動に移し始めた時、そこには自分の持つ、まだ自らが読めない、解かれるのを待ち続けている「縁」の物語が立ち上がりだすでしょう。


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2017.07.31 Mon l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲

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