自分を縛るものは存在しない。けれど縛るものがあるように感じ、縛るものがあるように信じ込んでしまっているのが私たち人間です。だからひとつずつ解き放っていくとよいのだと思います。その過程では発見した過去の感情と丁寧に出会っていくということをたくさんしていきますが。やがて信じ込んで眠ってしまっている自分自身に気が付き始める自分が生まれるでしょう。
自らに隠し続けている世界観や欲求が私たちには当たり前に存在します。それはあまりに生き生きと無自覚な時にばかり表に出て来て強調して表現されていて、そんな自分の他者への言動も私たちは無自覚なままのことが多いというのが現状です。恥ずかしすぎる、自分とは思いたくもない自分の言動を否定せずに見つめていくという、ある意味耐え難い練習を重ねていくと、自己否定はその形を変え始めていくことになります。練習には専門的な知識がある人のサポートや仲間との練習会などが必要です。
私が私という存在をあるがまま認め肯定していないなら、誰かのことを本気で肯定することは難しいでしょう。自分の中にそれがどういうことなのかという具体的なイメージが無いなら、私たちの身体は外に向かって動きにくいのですよね。言い方を変えると、知っていることはできるけど、知らないことはどうしていいのかわからない、ということです。
私たちは、たくさん重ねて知っていくと変わっていける存在なのだ、ということが言えるでしょう。

2017.06.06 Tue l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲

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