例えば、紙に書く願いを用意する時に、頭で考えて用意した時には綺麗なまとまった感じのするものとして文章化されたりします。せっかく自分が自分のために紙に書いているのに、なぜか感情移入できないもの、が、そこにあったりして…。
願い事って、まずはシンプルに言うと「自分の欲求」なのです。自分から出てくるもの、溢れてくるもの、です。だから最初から整理整頓されている感じだと、思考が入っちゃってるかもね、と一時停止してみることをおすすめします。
「お腹空いた、食べたい、」みたいなもので本当にはシンプル。そして考えているよりはもっと実は切実だったり欲深いものだったり。
自分から遠のいて願いを用意しようとすると、冷静な感じがするでしょう、おそらく。それは冷静なのではなくて、真実味というものに近寄っていない距離のある感じだったりしますので、もっと近寄ると表現が変わっていきます。
近寄るには、自己を否定しないことです。まずは、自分から溢れる欲求を満たしていいのだと、信じはじめることに向かおうとし始めることです。正論を言わないと認めてもらえないとどこかで信じ込んでいる場合は、それを欲しがる正しさを他者に懸命に話そうとします。否定されないように、相手を納得させようとして説明臭くなっていきやすいでしょう。おそらくは説明するほどに、相手に受け入れられていない感じを自身が感じ始め、さらには「まただ。またわかってもらえない…」「私が手に入れちゃだめなの? 他の人はよくて…」というような思いが湧きあがってきたりすることも。そうして一人で勝手に、叶わない、手に入らない道を爆走することもあります。
自分の何かがおかしいと思えた時には、思い切って立ち止まろう。自己を下げている自分が居る以上は、どこかで立ち止まることを自分にさせ始めよう。必要なのは学び、ワークです。今の自分の状態をひとつずつ細かく知っていくということに手を出し始めましょう。道はあります。


2016.12.29 Thu l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲

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