観てきました。インド人である独学にして天才数学者のラマヌジャンの生涯を描いた実話です。
ようやく手にした事務員の仕事をしつつラマヌジャンは独学で数学を学び研究に没頭する日々を送っていたのですが、研究発表の場を求めている中でイギリスの数学者G・H・ハーディとの運命的な出会いを起こします。愛する家族を残して渡英、後には重い病に倒れるラマヌジャンですが、彼の数々の言葉や描いた数式のベースにあるものは、当時なかなか理解されませんでした。生まれ、育った環境、宗教、時代、など理由はたくさんありました。苦難を乗り越え、ハーディの働きによってイギリスの数学者たちの心にこれまで無かった変容をもたらします。また、ハーディ自身もが自らが心ある人間であることをラマヌジャンとの関わりの中で気付かされていきます。
今の時代になって実際に現場で大きく活かされているという彼の研究成果は、ようやく時代の方が追いついたということなのだなと。
彼が全身で表現しようとしていたものは、宇宙の、神々の芸術そのものなのかもしれません。
大き過ぎる、先端過ぎるということは時折この地上で起きますが、万に一つのご縁があったとしてその対象との出逢いを果たしているにも関わらず、我々の目にはその時それらはひどく小さく意味を持たないものであったり無価値なものとしてしか捉えきれないこと、だったりします。
とんでもない宝物との出会いを知らず無視して通過しながら、素晴らしい宝は無いかと探して右往左往している、閉じた眼を持つのが私たちなのだということは、この人生に決して少なくないのだとまたあらためて思いました。

2016.11.15 Tue l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲

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