人生が本当に変わってしまうことに、自分自身が抵抗して足を踏ん張って移行に抵抗している。ということを、それもまた当たり前だよね、と言えるとしたなら、いいね、と思います。だって変わるってことは、今を失うってことなのですから。これは、良くも悪くもですよね。
私たちは、今が一番だと知らず思っていることが多い存在です。今の自分の考え方とか感じ方ということにおいてです。だから譲らないことが多いです。わかってから、わかった時には、それを採用するけれど、わからないからやらない、そうだねとも言わない、ということがあります。今の自分が変容してしまうということは、今の思考、感情の動かし方ではなくなってしまうため、今のままで新しいやり方を知って動かしたいし納得したいという言い分は、実は通用しないのだということを知ることになるでしょう。
思い付かないことを思い付き、感じないことを感じるようになる、ということであり、見えなかったものが見えるようになり、一側面の見え方から多方向からの見え方を手に入れるということなのです。よって今の自分にしがみついたままの状態で納得させろというのは、より粒子の細かい上位の世界のエネルギーや意識に、より荒くなって下に降りて来いと言っているのと同じです。しかし、そうやって待っていても実際何もやって来ないということになりがちです。閃かないし気が付けないし、思い至らないから新しい次への道が開かれない、ということを経験したりします。閉ざされた感じ、を体験します。
自らが移動することに積極的になるとは一体どういうことなのか、その場合の身体の動かし方や行動のあり方などを模索し続けていく意識がまずは必要なようです。

2016.06.05 Sun l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲

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