未来をつくるのは、今ここに居る自分の生きざまそのもの。例えば、今嘆いてネガティブな言葉を発してばかりいるのなら、そのような未来が再びやってくることになる。そういう設定を自ら進んで積極的に行動していることになる。未来を呼び込んでいるのだ。
このシステムに気が付いた人は、自分から出る言葉をこれまでとは違うものに変え始める。自分から出る行動のあり方をこれまでとは違うものに変え始める。とことん変えることに積極的になって行動を起こし発言を変えていくことで、私たちは違う大地に立つことが可能になっていくものだ。
どう変えていいのかわからない時には、理想の形を生きている人などを手本として、その人たちが言っているやり方を真似てみるところから始まる。一度やったからとすぐに答えを期待したり落胆したり、理想の言動の実践という練習から手を離しては過去に戻るだけ。戻るのは恐ろしく早い。変わろうという気持ちさえ失われゆくことさえ珍しいことではない。
ここで必要なことは、黙して挑戦する継続であり、やがてさらに必要となってくるのは、どう生きていきたいのかという人生の軸だ。自分なりの目的意識、やりがい、という言い方もできる。「牛」「生命力」とも呼ぶ。
そしてどの場面においても欠かすことのできないものは、人間関係のあり方だ。社会の人たちや友人、家族などとの関係も人間関係だが、ハイヤーセルフやガイドやインナーチャイルド、精霊や神々たち、さらには異世界の存在たちとのあり方も人間関係と同じことだということ。より正確に言うなら、わたしとあなたという生命活動関係、ということになる。それはさらに私と私の関係性の投影と言える。
自分の問題に積極的に取り組んでいかないままだと、必ず関係性に自分の問題点を持ち込んで問題を起こすことになるのが私たちだ。日ごろから、自分の過去や現在の感情問題に積極的に向かう実践は、たくさんのことを変えてくれるしより自分の自由に繋がっていく。私たちが信じ込んで来ているはずのたくさんのことを壊しては新しいものを食べて変わってゆくことに積極的であれるかどうか、である。信念体系の崩壊と再構築だからこそ、手離してゆく時には自我の崩壊を体験することにもなる。だからこそ、なんてことのない普段の生活の中において、小さくも大きくも目的意識のあるなしは、まるで違う人生の可能性を持つことになる。
本性の自分に近付く意思があるということは、すべての問題の答えに出会いに行く旅のように思える。
今日は、未来の作り方をちょっとだけ。雨の中、静かにお茶を飲みながらしばらくぶりにデスクワークができる午後に。

2016.02.20 Sat l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲

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