なりたい自分の姿をイメージできるでしょうか? それは外見ということのみに限りません。どのようなことを行動する人になりたいのか、どのような仕事ができる人になりたいのか、ということも入ります。なりたい自分について、どのくらい語れるでしょうか? 
さらには、今のこのままの環境にこのようにいる自分では満足していないという場合は、ではどのような環境を望んでいるのかを具体的に語ることはできるでしょうか?
この私たちの現実は、私たちの想念と行動の持ち寄りから起きていることが多いので、自分に対してまずネガティブなエネルギーを持ち続けている場合は環境に不平不満を起こしているということになりやすいでしょう。自己否定は環境否定や他者否定を生み出します。環境がこのままの自分を受け入れてくれるという日を心待ちにするのは、今ここに居る自分という存在と今ここにある人生ということを放り出しているようなものだと気が付く日が訪れた時、ものの見方や歩き方さえもがすべて変わっていくことにもなるでしょう。変えたいなら、今のままではなく自分の行動のあり方や身に付ける考え方や知識や心のあり方などを意識的に変えていくことが必要です。
願いは自分の持ちモノのはずです。誰かに持たされる荷物ではありません。時に近くに居る誰かの欲求を見ることで食べてしまって自分のものとしてしまうことも起きたりしますが、その場合には整理整頓のためにもワークやカウンセリングが必要でしょう。自分以外のものと自分とをはっきり区別することを覚えていく過程が必要です。欲求は他の誰のものであっても自分のものでない限りは、自らの行動とはいずれ結び付かなくなってしまうでしょう。欲求や願いは自分の内側から溢れだすもの。その願いに向かって自己の意思で練習を重ねて、それを手に入れていく道を歩きます。願いを叶えるってそういうこと。一杯食わされているなら、吐き出しが必要です。(笑) 
これは母からの自立、父からの自立、ということとも大きく関係があります。
そういうことを感じた本日の勉強会でした。

2015.11.17 Tue l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲

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