我々にとって、自分に起きている現実をしっかり見つめるということは、時に怖いと思ってしまうことであり、逃げたくなってしまうことでもある、ようです。それは自分との対話に慣れていない練習中の場合はさらにそうでしょう。
誰かとの関係に置いての一場面を思い浮かべてみたとして、だって自分はこう思ってるもん、と言い張るのではなくて、自分の体がその時どのように返事をしたか、という身体の動かし方や言葉を外から見てみるという練習が上達しはじめると、自分がいかに他者にわかるようには動いていないかがわかって来ます。これじゃぁ、誤解もされるよな、と自分の言動を客観的に見ることができるようになるのですね。そこまでいけば、じゃぁ、その動き方と返事の仕方をほんの少しずつ変えてみようか、というチャレンジを自分にさせたくなってくるのです。答えは出ますよー。
自分という存在は実は、こういうアプローチをして、自分に関わってくれる日を待っているもの、だったりします。

2015.07.21 Tue l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲

コメント

コメントの投稿












       

トラックバック

トラックバックURL
→http://cafenanairo.blog87.fc2.com/tb.php/2727-9372bd7f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)