自分がある時目標を立てたり、夢を抱いて目的に向かったり、というのがあると思うのですが、それは「自分とのお約束」というものになります。小さなものだと、来週あそこに行ってあれを見よう、買おう、というのも同じ。
自分の欲求を、何らかの事情や理由で横に置いてしまったまま、時が流れてしまうことがあります。欲求は生まれた、けれど、育てなかった(それを行う準備と実際行動を起こすこと)ということです。育てなかった欲求は、居なくなることはありません。私たちの背後にいます。忘れるということで奥に隠されるように、まるで倉庫にしまわれていくかのようなカタチをとります。だから日が経過するごとに私たちの意識にちゃんとあった「○○したい」という実感は無くなっていきます。
欲求だけを打ち立てて、その後に日々続くそれに向かう積み重ねというものが無くなると、こういう流れになりやすくなります。私たちの意思とはそれほどに、ほうっておいたままでも達成してくれるような、自分を連れていってくれるような先導者ではありません。だから、いつまでも待ち続けていたとしても、叶うことはないという出来事や感情を体験することになります。
毎日、それになっていく日々、が必要なのですね、私たちには。夢や目標が大きいほどにそうでしょう。数日で達成するのじゃなくて何年もかかることなら、何年もそれに関わる日常の積み重ねが必要なのです。
なりたい、ほしい、っていう感情だけでは、それはやって来ない、ということです。
身体を使いましょう。行動力です。なりたい、欲しいと言って、炬燵に丸まっている日々では、何も起きないのです。気が付くと、ホントだ、何だか当たり前のような気がする、そういうことが実際とても重要です。妄想のままではなく、実際、にしましょう。それはどんなに小さくてもいいのです。サイズじゃなく、意思と行動を続けていくこと、です。

2015.07.16 Thu l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲

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