その神殿への旅はとても重要で、かつ、誰にでも許されたものであって。けれど、その旅の必要性に気が付くかどうか、それは、誰にも保障は無い。気が付いたものは目指すのだろう、そこを。そのためにはたくさんのトリックを見抜く瞳を持つことが重要になる。簡単に結論付けないままに、コマを進めつつ、かつ目的と意志が必要になる。支えとなるものは見えない杖であって、見える地図ではないことも多い。しかし時に、通りすがりの単なる人が大いなる存在の化身としての役割を果たすことも少なくない。
扉を開けるということは、覚悟するということ。私たち一人一人が、自由であるということを。あるいは思い出すということ。

2015.06.09 Tue l サイキックワーク・意識の旅 l COM(0) TB(0) l top ▲

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