ここ最近の何人かの方々の話から。
願いを持つ上で大切なこととは、自分の充実を願っているかどうかです。例えば、他者のことを祈りたい場合もその人が健康でいてくれることで、自分が嬉しいんだという感情があるはずなわけで、、そこが大切。自覚すること。
自分が自分を満たしていないままに誰かを幸せになんてできないもの。物理的にも精神的にも自分の充実を目指して歩く人生の中で、誰かの役に立つ瞬間はあるでしょう。それは素敵なこと。
例えば、最近この質問や相談が続いているのですが、快楽が欲しいんだという場合もそう。本当にその欲求に向き合っていくと、きっとその欲望の正体がいつか明らかになる時もやってくる。快楽そのものだけで、満足しきることはないでしょう。終わりがあるからもっとさらに欲しくなるというのは、刺激が欲しいわけで、その刺激が無ければ成り立たなくなってしまっている依存性に問題があることも少なくない。思い込みの私という位置からすると「不出来な自分」を見る、ということへの恐怖やその挑戦から逃げ出したいという感情が存在しているかどうか、感じてみる時間を持つといいかも。とか。
もっと簡単なところからわかりやすく言ってみると、人の心と人の心が出会うふれ合いとか、相手を想う気持ちとかやり取りとか、ちゃんと恋愛したほうがいいよ、ということでもあったりします。

2015.04.09 Thu l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲

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