本当に自分のことを好きになってくれる、自分だけを見てくれる人が、欲しい、と言った人がいました。先日のことです。であるならば、自らが自分自身のことを大切にしないとね、という話になっていくのが通常ですが、今回はちょっと違います。
その方は、自分と同じ心の傷を持った人となら本当の仲間になれる、離れられない関係になれる、という感情が基盤になっていました。その方はこう言います。そういう人がなかなか目の前に現れないので、他者を傷つけて自分と同じ傷を負わせて、それで囲いの中に閉じ込めることで自分しかいない状況を作り、自分だけを見る人を作りたいと。
ある意味孤独にさようならしたいがためのすがるような気持ち。しかし、この方法では永遠に相手からは愛されることは無いでしょう。必要とされることも無いでしょう。
憎まれてでもいいから相手の視界に入りたい、というのが、その方の本音の部分でもあるわけですが、それはあまりにも自分自身をいじめ過ぎていると言えます。おそらくは、親子関係に問題の原点はあるでしょう。自分自身がどうしてこのような方向性を望む生き方をするようになっていったのか、自分自身に興味を持つことから、が、始まりでしょう。
ゆくゆくは、インナーチャイルドとか、過去世とか、様々な観点からのアプローチが必要になってくるのだと思いますが、今は、この自分自身という存在に、興味を持って向かうということが起きはじめるといいね。そう思います。
今のままのやり方だと、たとえそのたった一人を作ったとして、手をつなぐことも笑いあうことも心配し合うことも無い、のです。誰かと温かな関係を持ちたいのなら、持っていいのだというのがこの地上です。
素直に自らの内側にある感情を受け入れ、欲しいものを願える自分になっていける、それが地球にいる私たちの可能性です。

2015.02.09 Mon l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲

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