本日の誘導瞑想の会でのことから。
そっぽ向く人に対する怒り、こっちを向かせたいという欲求。説得しようとしている自分、わからせようとしている自分を見てみるといいです。本日のとある場面では、そこが強調されていました。それは一見すると目の前の人に対して起きていることのように思えるけれど、よく見ていくと、その人を肩代わりとして自分が言いたいことをのせてしまっているということがあります。こういう発見の現場は、実は宝物です。決して、間違ったことが起きているのでもなく、カッコ悪いのでもなく、他者の胸を借りてお互いが自分を表現することで出現する「自分の持ち物」に出くわしている瞬間です。これは否定的に感じる表面の自我は存在するけれど、よく出てきたね、やぁ!って言っていい場面なんですね。自分との出会いの瞬間です。どうぞ目を伏せませんように。自己を否定することで道をふさぎませぬように。
そうして一体だれが、自分にとって同じ土俵にいないそっぽ向いている(と思える)存在なのか、正しさを持って振り向かせて自分のことをわからせたい、説得したい相手とは誰なのか、どいうことについてわからせたいのか、ということを探してみましょう。そこに欲求あり、です。これも自分の感情とのお付き合い、練習です。

2014.11.02 Sun l 誘導瞑想 l COM(0) TB(0) l top ▲

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