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太陽の場所と月の場所、それは公私という言い方も出来ますし、社会生活と私生活という言い方にもできるでしょう。
例えば本日のSさんの場合です。自分の居場所ということを模索した時に、たどり着くところが、目に見えない場所ということもあります。居場所が目に見えないってどういうことでしょう? それは形にあらずということ。心の充足感を感じられる場所へ帰るということ、そこだからこそ深く大きいチャージが出来る、活動力と安心感の源。それは実は無いのではなく、遠くにあるわけでもなく、また目の前にあるわけでもない、のですよね。
Sさんは占星術を勉強されていますから、もうわかっているのです。しかし、手触りや目前の現実に反映されるものをもって証明したいという衝動には駆られるでしょう。私たちは感情ある生き物ですから。
その大きな葛藤が作品作りへと展開されゆき地上に降ろされることにもなるはずです。表面の自我は柔らかさを時に欲しがる、しかし、自らのエンジンがかかる状態はその柔らかさの中には無い。戦い求め続けていく中で、きっとその時その時に現れる縁ある人の中に「通り過ぎゆく存在として役割を果たす」ということが出現することを信じましょう。形にあらず、実感こそが真実のホーム、ということも起こりうるのです。

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2014.06.15 Sun l カウンセリングの現場から l COM(0) TB(0) l top ▲

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