自分との出会い方について質問をいただいています。例えば、自分の体験を軽んじていては、いくらそうしたいと言っていても、本当の自分自身との出会いが起きにくいでしょう。もうちょっとわかりやすく言うなら、自己否定やネガティブなものの考え方で自分のことや他者との関係を考えていると、ということです。
自分の喜怒哀楽をまずは否定することなく、その体験の起きた時に発生しているはずの様々な感情を受け入れましょう。判断はしないこと、が大切です。感情という存在の肯定です。自分自身の肯定です。良いか悪いか、ではないからです。痛みには痛みの奥に恩恵があります。悲しみも怒りも、絶望さえもが、時間の流れの中でいつしか別のものに変容してしまうことがあるのですね。
良い人って言われたいとか、ほめられようとする動き方をするとか、優等生ぶる言動で相手から突っ込まれないようにしてるとか、そういうのは実はとっても神経を使うので疲弊してしまいます。リラックスとは程遠いですよね。きっとそういう時ほど胸が内側に入って背中が丸くなって、呼吸も浅くなり、頭だけに集中してしまって、全身で堂々とはその場に立っていないはず、です。そういう時ほど自由に感じることを許さず、頭で考えるきっと正しいという方を選んで行動しているはず。
自分で自分に気が付く練習をしましょう。無自覚なまま放置では、いつまでも変われないのですね。どういう方向へと自分を運んでいくのかという理想と意志を発揮し、自らを律する動きをすることが肝心です。自分に溺れずに自分自身を扱う位置、そしてその姿勢です。最初から上手な人はいないので、練習です。好きな人は寝ても覚めても練習三昧なんですね、これが。
目的や目標がハッキリしていると、自分の喜怒哀楽を感じることを自分に許したところで、その感情に溺れてしまって周囲が見えなくなるなんてことは起きないものなのです。実のところ、頭でものを考えて動いている人の方が、その状況や人の心が見えていなかったりします。
面白いですよね。自分の感情から逃げることなく感じるままを自由に受け入れることをしている方が、冷静な判断と行動力で現場を体験し充実感が溢れるということになります。どこまでいっても、私自身との出会い、それが本当に肝心なのだなぁと思います。

2013.05.16 Thu l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲

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