出先で丁度時間があり、これまた丁度目の前に映画館。加えて10分後からの上映ということで急遽「舟を編む」という映画を見ることにしました。辞書作りの人々のお話です。
人の心はわからない、けれどどうにかこうにか関わり交流し繋がりたい、というのは私たち日常によくあることです。その私たちには「言葉」という共通のものがあるのですが、けれどそれを確かには使えてもいない。私たちが言葉に勝手に与えている意味、の場合もあります。辞書も人が言葉を選び、集めたものです。たくさんの人々の体験から生み出された言葉なのですね。

誘導瞑想とかヒプノとか、これまでお仕事させて頂いて思うのは、言葉はエネルギーなのだということ。それを発する人によって意味さえ変わりゆくものなんですね。
ある意味共通用語としての言葉の意味を知っているかどうかも大切です。個人個人の体験から来る言葉の意味も大切です。あぁ、これって色彩と同じだなと思いました。世界にはそれぞれの文化があり、その文化の中においての色彩の持つ意味があります。同じ色でもそれに与えている意味が違うということがあるんですね。しかしもっと細かく見ていくと、例えば同じ日本人でも「黄色」の持つ意味はまるで違う場合があります。個人的な体験による感情の記憶、です。これらはどれかが正しいのではなく、どれもが大切です。たくさんあることを知るということは、様々なことに役に立つでしょう。なので、お勉強は続きます。
今回この映画を見て、私という身のうちに静かに存在する辞書は、メンテナンスされているだろうか? 新しい言葉は意味は追加され続けているだろうか? 間違った記述のままのものは無いだろうか? ということも考えました。

喜びの色、熱い色が、とある人には悲しみの色、孤独な色、という場合があります。それは生き生きとした感情記憶。いつか何かによって癒しが起きた時には、ご本人が、自分にとってのその色についてのお話をし始めることになるでしょう。

2013.04.16 Tue l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲

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