昨日は一日午前の部と午後の部と誘導瞑想の会でした。
水星の逆行も始まるということで、水星は魚座にあるということもあって、その件についての話も。今は魚座に天体が集まっているし、春分までのこの期間のよりよい生かし方について様々意見も交換。

私という存在は今の自分が認識している以上に大きく深い存在であるということをまずは受け入れられるかどうか、ということも話題になりました。それは今の自分が意識的に思うことがすべてだと思ってしまうなら、可能性が断たれているということでもあるという話です。だから自分は自分がわかっている以上の存在なのだと認めることができたなら、まだ見ぬ可能性の存在自体を受け入れたことになるということです。
自己信頼、生命への信頼とか、尊敬とかそういう話にもなりました。

例えば。自分を育てるということが、いったいどういうことなのか? 環境や他者に育ててもらっているということが実はどういうことをそういうのか? 今の自分には答えのわからない謎を自ら追い求める人は自発的に育とうとしている心の状態ですよね。そういう人を外に見た時に(出会った時に)ただ凄そうで羨ましくなってしまって、自分もそれがいい!なんてウカツにも思ってしまう場合は、持続性はありません。そういう経験したことある人も多いのではないでしょうか? やっぱり等身大の自分に合った、道の求め方というのがありそうです。今の自分をちゃんと見つめて、何を解決したいのか、何が問題となっているのかをはっきりと見極めようとすることは、しょぼいのでもつまらないのでもなく、誠実な行動だと思います。

2013.02.23 Sat l 誘導瞑想 l COM(0) TB(0) l top ▲

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