願いをしっかりと持つことができたなら、それだけで叶う可能性が高いです。願いをしっかり持つということは、現実を見据えているということでもあるからです。
漠然と「今以上にいろいろできるようになりたい…」っていう場合は叶いにくいということでもあります。例えば、何がショックで、何に向かうとドキドキして、何がどのように出来るようになったなら自分はその時どのように何をするんだ、と思うのでしょう。具体的なことをまずは自分自身に語っているでしょうか。周囲の人にじゃなくてね。自分との会話ってとても大切。具体的な目標や具体的な望みや、具体的な方法が思い浮かぶはずなのです。

周囲の言うことが正しいのかもしれない、いやそれの方が常識的だ、と思ったとして、それでも自分の中に沸き起こる感情があるはずなのですね。その感情を無視したまま人が言うことを丸飲みするのではなく、その人の立場とか状況から来る思いということもあるはずだから、皆が皆同じことを考え同じことを正しいと言ってるわけでは無いのだと知りましょう。他者のすべてが自分よりモノを知っているから自分より正しいのだという歩き方をしてしまうと、自分以外の他者の言いなりになることを積極的に行動している、ということになります。
自分の立場や感じたことや、日常に起きることの中での自分の内面の変化などを他者の前で語ることなく、ただ相手の考えを聞く側で居続けることは、相手にとって自分が出来ない人間のまま見える状態を続けたいという気持ちの表れの場合もあるよね。
最近そんなことを感じる話を聞きました。大切なのは、今ここにいる自分を自分がどう育てたいと思っているのか、どうなりたいと思っているのかということ。正しいからとか間違いだからと、そこまでもを他者に委ねてしまうのは、それは目指すところ自立ではなく依存なのです。

私は自分の隠された感情をもっともっと聞けるようになりたい、と思っています。さらに深く内なる自分の話を聞けるような耳や目や心を持つことが自分に出来たなら、さぞかし面白い話も悲しい話も多く聞けるはずだと思うのです。もっと笑えるだろうし、もっと怒ることも泣くこともあるでしょう。新しい自分との出会いと発見に驚き続けることができるんです。そしてそれは自分以外の他者への理解に繋がっていく。学びは続きます、追い求めることは終わりません。充実した日々や時間が生まれゆくからです。生きることの中にあらゆることが存在してる、その探求は面白過ぎてやめられません。(笑)

2013.02.20 Wed l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲

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