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何をしていいかわからないから、しない。どうしていいかわからないからなんとなくそのまま時間を過ごしている。そういう日常の渦中に今あるんだという、とある知っている方の話を聴きました。これまでも目的も無く、今も無いから仕事には行ってあとは休日も家の中に居て全体的にぼぅっとしている、と。やらなくちゃいけないのだろうと思うことも、ノートを買ったはいいが開いた途端にそのページに具体的になにをか書けばいいのかわからないから横において、結局そのまま一ヶ月間何も書かなかったという体験があるのだと。
そう話す自分自身から「強い欲求」がこぼれて溢れ続けているっていうことには気が付いていない状態で、部屋の空気感までもが固まっていく、というような感触あり。
これはこれがそういうことなのか、と納得したのです。なぜ、決めたことが出来ないのか。なぜ、自分で言い出したことを忘れたり、軽んじたりしているのか。なぜ、どうしたいのかわからない、と言うのか。なぜ木星期を前にしていながら何も成していないことに不安を感じること無く、恐怖を感じることからも逃げてしまっているかのようでもあり、なにか別の自信さえあるかのような落ち着きがあるのかということも。
感情論じゃないってことで、それではどうにもならないものだということで。これは思考と感情と身体ということと関係あるってことで、癒やせば進むという話しでは無くて、もっと違う視点が必要なのです。
その方は、そのまま、このままいくのだと思う、と話していました。まだ恐くない、まだ危機感というものを感じてなどいない、と話していました。他者の懐にある寂しさを探しているかのようでした。受け入れ先を求めている強い欲求の自分を後ろにまわしているかのようなあり方を見ました。
基礎的な内容のもので継続的に何か練習することが必要なのだとは思います。少なくともお酒飲んで解放とか気分紛らしとか、怒鳴ったり叫んだりして解放というのでありません。自分で気が付く必要がある、のですよね。自分が招いていることを。
内容などを変えてですが、自分のことを振り返るきっかけになりました。改革し損ねていること。立ち止まって自分とお話です。


2018.11.18 Sun l 自分との出会い l COM(0) TB(0) l top ▲