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<10月の講座お知らせ>
7月より開催時間と内容が変わっています。新規参加可。
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・10月29日(月)9時半~12時半 残席2名 日にち変更になりました 記事後日アップ予定

今後の開催
・11月22日(木)9時半~12時半 残席2名
・12月20日(木)9時半~12時半 残席2名
2019年
・01月24日(木)9時半~12時半 残席2名

2018記「立体ライフシンボル」という療法についての詳細・運営について

2018.10.31 Wed l お知らせ new! l COM(0) TB(0) l top ▲
少しずつ、ほんの少しずつだけ、変わっていくもの。
結果が人生を変えてくれるんじゃ無いから。日々の渦中が、何を思い何を行動しているかの瞬間瞬間の自分が、いつかの結果に繋がってはいるから。


2018.10.31 Wed l 自分との出会い l COM(0) TB(0) l top ▲
本日の立体ライフシンボル。金星逆行中なのでその話と、最近の体験談をそれぞれお話してもらって。金星と太陽のパスの話(整理整頓やお掃除力について)や月と金星の違いについて(衣食住と快楽と)も話が出ました。その後に誘導瞑想へ。見たものを発表せず、そのまますぐに各自制作。シルバー作品が出来上がってから、瞑想中に見たものと、作品は何を作ったのかとをお話ししていただきました。
Hさんは瞑想中に見たものは少なかったとのことでしたが、自分の頭、顔、の真ん前に太陽(ティファレト)が居て、それとは自分は直接的に繋がっていなくて、自分の頭が重い、重い、と感じていたのだと。その重さを自分の足元の方に下ろさなくちゃいけないんだけど…と思っていて。けれど頭はやっぱり重い、頭の上が通っていない、そんな体験したのだそう。
Oさんが見たのは、コーヒーカップが傾き中に入っていた透明の粘着質の水が独特の様相でこぼれ続けている。そのテーブルには白と黒のストライプのクロスがかかっている。最後に、このテーブルのすぐ先に赤い実が生っているのが見えた、というもので。Oさんがテーマとしてるのは、とあることからの卒業と心機一転だったのですが、瞑想に入る前、表面的には抵抗しているようでした。
このお二人は、社会的なわかりやすい成功を追うということをしておらず、それぞれ今後もそうだろうと。それでも仕事は専門職でと言っていいのではないかと思うので、自分に近付いていく準備というか出来ることは日常にたくさんあるはず。

今回は、瞑想で見たもの、出会ったもの、ということからのシルバー制作になりました。


2018.10.29 Mon l ライフシンボル l COM(0) TB(0) l top ▲
上がってきたものを見る夢。それは鳥のキーウィ似た生き物。奥の方の向こう側の世界からパイプを通ってこちら側のバスタブのような池へと飛び出すように現れた。フォーカスした途端に見たものがサイズを変えて大きくなる、視点を外すと小さくなっているのがわかる。自ら上がったキーウィは濡れた身体を乾かそうと身震いしている。
調べてみると、マオリの神話では、地上を虫に荒らされて困っていた森の神が空の神に相談し、いろいろな鳥に話しを持ちかけるが断られ続け、やがてとある鳥がそれを受け入れ、地上に降りるために羽を失って代わりに丈夫な脚を手に入れ、森を守ったというのがキーウィなのだそう。

2018.10.29 Mon l 夢の時間 l COM(0) TB(0) l top ▲
重心がどこにあるか、それによって何もかもが違ってくる。

2018.10.28 Sun l ルーツへの旅 l COM(0) TB(0) l top ▲
私の出生天体、天王星の度数はサビアンシンボル26度「香炉を持つ少年」というもので、ずいぶん前にワークでお絵描きをした際に、私は仕事仲間の車に乗っていた時に追突された事故の直後の首のむちうち状態だったのも覚えているのですが。とにかく具合が悪く。それでも片道9時間ほどかけて移動した後に描いた絵でした。具合が悪いぐらいがちょうどいいっていうのもなんか可笑しくて然りだなとか思い出します。その時に変な集中力で壁と窓の方に向かって描いた絵も覚えていて、っていうか忘れられるわけは無くて。それがその後の人生を左右しているといってもいいくらいだからです。それは私の4ハウスのルーラーでもあり。
人生のどこかで、かけらかもしれないけれども自分の本当を出すことの出来る環境とタイミングに出会うことがある、それが起きるということは、その後を変えてしまう、変わってしまうという可能性との大きな出会いです。私の場合はそれがある時、出生天体の度数のサビアンシンボルの絵を描くことでした。10年以上の親の24時間介護という継続的なことを続けたことがあるだけで、何かをちゃんと学んで試して結果出しながら進んでいくなんてことの出来なかった、地上のいろんなことにただうろたえていた私が、徐々に変わっていくことになったきっかけのひとつです。


2018.10.27 Sat l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲
現在行っている個人セッション型のパスワークですが、離れた場所にお住まいで都内に度々出てくるのが難しいという方がいらっしゃって、いろいろなやり方があって今はそれらを使うことも出来るので、継続ワークでスタートすることになりました。来月から。
春くらいに始まって、ここ1ヶ月くらい強めに、過去に描いていた絵のことを思い出すことが増えていて、画材を見たりしに時々通うようになっています。今の年代になって、あるいはここから先のどこかで、自分が描く絵は、今度はどんなだろうって。十牛図のワーク以外ではしばらくお絵かきワークの開催もしていないのですが、希望の方は声かけてください。部屋やカーペットがどうしても汚れてしまうので、少人数でなら可能かなと思っています。あるいは会場を外に。


2018.10.25 Thu l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲
25日に日付変わってから2時前にはもう満月です。ずっと同じことを考えられない、継続的に追えない、意識したことを忘れてしまう、というような症状がある方は、まず新月や満月のサイクルを意識しながら目的意識と現状把握を確認していくことを採用すると、忘れない私作りに役立つと思います。
やがて眠った中でも同じこと考えてる、意思してる自分を知ることになる、というふうに育っていったりします。

2018.10.24 Wed l 明日の運勢・星の位置から l COM(0) TB(0) l top ▲
時々は大きくて広くどこまでも広がってるような空を眺める時間も作る。その時の雲の流れを眺めつつ。おおむね私は気が付くと海の方向を向いてることが多い。見えても見えていなくても。

2018.10.24 Wed l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲
Hさんから日常の報告をいただきました。自覚無いままに見たくなかったことを、それでも日常に起きる問題からは逃げられず、とあるきっかけで見てみよう!となって、それでもどう見ればいいのか捉えて次のことを考えていけばいいのかというところが自分では曖昧で。それでワークをしたわけですが、現実を見る、直面するワーク。そして日常に帰られて、奮起してひとつずつ着手。その経過状況などを送ってきてくれたのです。
ゆっくり呼吸をしながら、ひとつずつ、これからのことを進めていかれるといいですね。
外に見る「成功」の形というのがあって、それとは追いかけてはみるのだけれど、どうも違うなぁ、うまくいかないし、という場合があります。それこそがヒントにも実はなっているのかもしれなくて。これまで見てきた「うらやましい形」での「成功」が、自分の本当に欲しい「成功」ではないことがあります。社会で見てきた、他者に見てきた、成功の形を自分のそれだと思うことは誰にでもあることで、実際本当には自分がどうなっていくことを望んでいるのか無自覚なので、迷い、わからなくなり、自己を否定するようなことにもなってしまったり。
自分の特徴にたくさん出会っていくことで、それはより整理整頓されていくことになるでしょう。積み重ねていく練習は、いつかの私を助けてくれることになります。

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2018.10.22 Mon l 自分との出会い l COM(0) TB(0) l top ▲
今、欲しいものは何ですか? なんとなく幸せになりたい、いいことありますように、というのじゃなくて、自分の中を整理して欲しいものを明確に意識化していますか? さらにそれを手に入れたなら、自分はどうなっていくのでしょう? その姿や風景、出来事などの想像は可能ですか? 
この夏~秋は、占星術にもタロットにも詳しくない、全く知らない、という方が、パスワークを始めるという流れが多いです。パスワークは、無自覚なままの自分について詳しくなっていき、様々な視点から自身のことを捉えることが出来る自分に近付いていこうという挑戦であり練習です。もちろん自分の弱点をより客観的に知る(活性化していく)ということや願望実現とも重なってきます。例えば見えるものの世界に向かっての欲求だったり見えない世界への欲求であるとか。自分という存在を社会基準に合わせたところからだけでは無い点からより理解していくことのできる可能性も。

2018.10.21 Sun l 自分との出会い l COM(0) TB(0) l top ▲
10月の立体ライフシンボルは、29日でめずらしく月曜開催になっています。
参加して9分割理論を継続勉強中のOさんは、本日はマーケットに参加して自分の作った純銀作品を販売しに行かれました。売れたそうだよ。動くと何かは起きますよね。じっと考え込んでいると何も起きないから。用意したものを持って外に出て行くとか自分に何かしら挑戦させてやるというのは、心臓バクバクすることもありますが、教科書には書いてない自分だけの経験ができるはず。

2018.10.20 Sat l ライフシンボル l COM(0) TB(0) l top ▲
ライフシンボル(絵画療法)の立体版、それが立体ライフシンボル。
立体ライフシンボルでは、すべてアートクレイの製造・販売元である相田化学工業株式会社の「アートクレイシルバー」を使用しています。本当の自分自身に出会うための開運シルバーアクセサリーを作りましょう。この講座はどなたにもご参加いただけます



アートクレイシルバーで作る
開運アクセサリー制作&瞑想・リーディング

「あなたのライフシンボル」

銀粘土から純銀のアクセサリーをその場で制作・完成へ

●日 程 10月 29日(月) 9時半~12時半
テーマ設定⇒誘導瞑想(30分程度)⇒制作⇒焼成後完成へ⇒リーディング練習
●定 員 4名様  10/20現在 残席2名
●場 所 北参道アトリエ
最寄り駅はJR代々木駅徒歩7分・副都心線北参道駅近く、です。
詳細はご予約の際にお知らせします。
●参加費 
10,000円+材料費実費(銀粘土1250円~、金具や石などのパーツ100円~)

立体ライフシンボルの参加お申込みは⇒こちらからどうぞ


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不器用なんですって言う方の作品がイキイキしていることはとても多いです。
綺麗に作ることから離れて、粘土のかたまりで遊んでみませんか。アートクレイシルバー(銀粘土)を使って自分でアクセサリーを作っていきます。専用窯で焼成すると純銀のアクセサリーが完成。その日のうちにお持ち帰り頂ける講座です。
技術は全く不要です。自分自身と出会うほとつの方法として、奥底の本心と出会う機会として、そして自分の願いを叶えることに向かってみませんか。あなたが今叶えたいことはなんでしょう? 願いを形に入れ込むこともまた可能です。お問い合わせはお気軽にどうぞ。 

今までの立体ライフシンボル講座についてはこちらにまとめてあります。
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各種お問合せはこちらからどうぞ


2018.10.20 Sat l ライフシンボル l COM(0) TB(0) l top ▲
本日のランチ。

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サラダに紅茶。添えられていたのは、イチジクとレーズンの差し歯にあぶない固めのパンと。
日本語じゃ無く英語ばかりが聞こえるようなカフェに時々行きます。耳に慣れるでしょ。ゆるい練習法ではありますが、少し身近に置きたいのです。
本日は移動中にエレベーターの中での英語の会話に出くわし。旅行者と思われる女性に「英語は話せますか?」と聞かれて「あ、少し」と答えていた40代後半くらいの日本人女性がいて。「外に出たいんですがどこですか?」「外?」「そうよ、外よ!」聞こえにくかったので「アウトサイド?」と確認し、そんなやり取りのあと、エレベータから降りた後に「こっちだよ、ここから上がると外に出られるよ」と彼女は誘導してました。聞きながら自分ならどう質問したり答えたりするかな? とあれこれ練習しながら遊んでいます。

2018.10.19 Fri l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲
「夏目友人帳」「聖 おにいさん」「ムタフカズ」を観ました。ネットなどで見れるものは、今のところ契約していないので、様々な映画や海外ドラマはどれも見ること出来ず。で、時折映画館へ。
あやかし系は幼い頃からの日常に近いので親しみあり。

2018.10.18 Thu l シネマ l COM(0) TB(0) l top ▲
剣のビジョンそのものじゃなくても、見ていたビジョンのそのあり方の中に、ご自身の剣がどのようなものかは表れていました。「8・正義」のパスワークです。それは育っていく過程でもあり、けれど方向性は決まっていて、とあるところに向かおうとしている、という。
先日の「19・太陽」のパスワークでは、これまで遠ざけていたもの、世界観、を引き寄せようとしていたHさんがいました。「8・正義」のパスワークのKさんもある意味これまでに無い流れ。出生図的にも10ハウスに大きな動きが数年単位で出ています。
Sさんは、等身大の自分で生きるということがテーマになりつつあるようで、環境に見せてきた姿と実際のギャップというところにフォーカスし始めたとのことで、感情解放のワークが旬かもしれませんね。別のSさんは、考えや意思の整理整頓にこれまで以上に取り組みが始まっていて「13・死に神」の練習を続けていらっしゃいます。
良い悪い無く自分自身の現状についてより詳しくなっていくほどに、これまでは無かったものが見えてくることになるでしょう。

2018.10.17 Wed l パスワーク l COM(0) TB(0) l top ▲
長く休眠状態だったメールボックスの退会手続きを進めています。文書のみ、なんだっていうことで、時間かかる。見直して、変えられるところは変えていこうと思って、様々な面を見ているところです。わからないまま放置していたらしいもの、とか。面倒に感じておっくうだったもの、とか案外あって。しかし、そろそろスッキリさせよう、と思って。

2018.10.15 Mon l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲
朝からの用事の帰りに。

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お茶を一杯いただく時間。思い出したことについて。
それを聞いて、それを読んで、やろうと思ってやってみてるのにまるで出来ない、思い付かない、考え及ばない、「聞いた話のそれ」を行動できない、という話しを聞きました。で、思うことが「自分は何でできないんだろう」「自分はダメだ」ということだったり、落ち込んだり葛藤したりするということが続くのだと。
「それ」は聞いた話で読んだ話で、自分が何かを求めて探している中で発見したことじゃないっていうもともとのことに気が付かないまま、ただ聞いたまま読んだままを自分の中にコピーして、それがどうも正しそうだから、欲しがって手に入れようとして、だけれどもそのようには手も足も口も動いてくれないし、表面だけで根本的に真似さえ出来てなんかいないってことに気が付かないまま、それがいい、それやろう、と思っているのになんで出来ないんだろう、思い付かないんだろう…、と悶々としている、という風景のようです。
「それ」を端から自らが求めて探していたわけでは無い、そんな自分のことを思い出せるといいね。それを探し求める心や意思が発露する自分へと目覚めて、探して探して、試して実践してかけらのようなものを集めて、何かを掴んでいくということ、体験によって成長していく道を歩くという経験がきっと必要で。外にあるすでに存在している正しそうな何かを知って、それをやればいいんだ、って言って、やってなんとかなるっていうものじゃ無いってことを、今知った!という体験の最中にいるわけで。それも大切な節目なのだと思います。それさえあればそれに任せればなんとかなる、それがいいと決めたのだからそれが自分から勝手に出るようになる、幸せになれる、幸運がやって来る、というものでは無いのだよ、ということを本当に知るって、そういう体験が出来たなら、それはそれで相当にラッキーだぜ!って思うのです。

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2018.10.15 Mon l 散歩道に l COM(0) TB(0) l top ▲
今年は、高千穂の栗が手元にやってきました。

2018.10.13 Sat l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲
今日は19・太陽のパスワーク。
誘導にはだいたい35分程度の時間をかけているのですが、本日は10カウントでの帰り道にひとつの出来事がありました。帰りますよーという段階でインターホンが鳴り、来客時のお茶出しや初雑務担当のYが出ていきインターホンの画面を確認。マンション入口からのものではなく玄関からだったため画像確認できないので無視したY。その時間にお約束のある人もいなかったので。Yが奥に引っ込んですぐに玄関がガチャッと音を立てる。私の座っている位置からは玄関に入ってきた人の足と靴が見えていて、えっ?となりつつも、もうあと5カウントで誘導瞑想によるパスワークが終わるタイミングだったので、そのままカウントを続けることにした。が、その誰か知らない女性が靴を脱いで上がってこようとしているのも見える。Yは気が付いていないのか出てこない。
「4、周囲の音がハッキリと聞こえてきます」と言ったときに、その誰だか知らない女性はこちらに向かってだんだん近付いてくる。わおっ!なんてこった!と思いつつも、実際の行動は何を変えるつもりも無いらしく、いつものように誘導を続ける私がいて。
「3、手と足を少し動かしましょう…」と言いかけたところで「ガチャッ」ともう一つの扉を開ける音がする。3メートほど先の目の前にある扉が開く。その瞬間に私がどうしたかというと、扉の方に顔を向けたまま顔を上げて、目を閉じて、そのままゆっくりとカウントを続けていたのです。私のその時の必要だと思ったキーとなる瞬間の判断はその存在の「顔を見ない」ことでした。2、3歩ほど歩いて入ってきた音は聞こえていたのですが、電気を消した部屋の中で瞑想を誘導している人がいるという風景に出くわしたその人はいったい何をどう感じたことでしょう。びっくりしたでしょうね。すぐに慌てたように部屋から出て玄関から出て行く音がその後聞こえてきました。私はその人の顔をを見ていません。扉が締まる直前の女性の後ろ姿と金のバックルの付いた太めのヒールのショートブーツのような足元だけをちらっと見ました。その時「1、通常の状態です」とカウントも最後になっていました。おそらくは入る部屋を間違えたということでしょう。通常は鍵を開けたままということもそう無いし、ひと言も発すること無く黙って実際に入ってくるという人がいるということも無いと思います。
今日のパスワークは「19・太陽」で、月(イエソド)と水星(ホド)との間にあるパスでした。Hさんゆえに起きたこと、と言えるかもしれませんね。


2018.10.12 Fri l パスワーク l COM(0) TB(0) l top ▲
自分ひとりでのことじゃないがために、自分の力ではどうしようも無いという問題があったとして。他者や集団が絡んでくること、だとして。その問題自体が思想や意思を変えることは無いだろうし、こちら側に譲歩することも受け入れて変わることも無いだろうというものであったとしても。不可能に思えてしまう現実がたとえあったとしても、実はどうにかしようがあるのだよということを外に知る。思い付く、気が付く(自らが)というものではなくても、まずは知るということは、凄いこと。それは出会いによって可能性を手に入れた瞬間です。そこからが自分。そこから自分の意思を作っていく日常、小さなことの積み重ねが、その行動力が、ある時変容を起こすことになっていく。やがていつかは発露する、閃く、問いと答えがセットになっている、ということを自ら実践していけるかもしれない、ということに繋がっている。

私事ですが、10日にプログレス太陽が度数を変えました。これからが蠍座最後の度数、30度「ハロウィンのわるふざけ」というシンボルの約一年です。10日までは一番苦しいともされている悲しみの度数29度の一年間でしたが、それが終わりました。今は蠍座人生30年にさよならする最後の一年のはじまり、ということになります。その後は射手座30年間のスタートです。

2018.10.11 Thu l 自分との出会い l COM(0) TB(0) l top ▲
不思議な男性と出くわした数日前のこと
確かめようという気持ちもあったし、いやに美味しそうに見えてたからというのもあって、その珈琲屋さんに再び。メニューを見て、それらしい同じであろうというものを頼む。すると店員が目の前で作って、やがて目の前に出されるのだけれど、先日見たものとは全然違っていた。メニューを見直して、可能性のありそうなものをイメージするけれど、やっぱりこのメニューしか無いという結論に至る。けれど、あの男性が飲んでいた「それ」ではないのだ。同席していたYと確認したが、私たち2人は同じものを見ているようだったし、その男性が飲んでいたグラスの中に広がる薄茶色と白の1:1になった2層の飲み物はやはり美味しそうに思えていたと。(笑) 男性がアレンジを頼んでいたということも無かった。…ということで、私たちはこの現実で、あの飲み物には出会うことが出来ないらしいことを知る。

あの体験というものが、私たちが居るところに突然やってきた現象であった可能性と、私たちがそれが居る、ある、世界へと突然移動していたのだという可能性と、さらには他にも考えてみようか…というふうに、体験したことを無条件に前者に固定できなくなってしまった、ということになった。
何度も頷きながら、似てもいない自分が頼んだ飲み物をいただきつつ、それはそれで美味しい気もするけれど残念だなと思いながら、店内を観察する。別に変なところは無い。そこで起きていることや音がよく聞こえるしよく見えるし、今日はよくある普通の時間の流れだな、と思う。あの日はどこか何か違っていたのだよな…とその感触を手繰り寄せて思い出そうとしながら、ちょっとその空間の気配を懐かしむ。
あの時の「私」が今この瞬間の私とは違っていた、ということなのだろう。見よう見ようと、確認しようとしている今のこの瞬間の私にはそこへの渡りはつかないだろう。そんな自分に笑えたのだった。


2018.10.10 Wed l 散歩道に l COM(0) TB(0) l top ▲
外に向かって何か表現するもので新しいものが欲しいから情報探しをするとか、他者に話すためとかネタ探しのようなことを人に向かっても時折無自覚にもすることってあって。やがて欲しがってる自分に気が付く時もあるのだと思います。今のままでは足りないって思ってしまっている自分がいるとか。私たち人間って自分に気が付かずそういう症状になってしまっていることがあったりして。
誤魔化さずにきれいごとじゃなく積み重ねて歩いて行く中で、実は大きく借りてることに気が付かされる。外にそういう人を見たときも、振り返る。
そういえば、今日は新月ですね。12時47分に天秤座16度で、です。金星も蠍座で逆行開始しているし、様々確認する必要がありそうです。新しい小さなひとつずつを自分のものにしていくってことは、血が通うまでということなのだろうなと。

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2018.10.09 Tue l 自分との出会い l COM(0) TB(0) l top ▲
昨年の夏くらいから、個人セッションなどでパスワークを進めていますが、もうすぐ「21・世界」に辿り着く方が出始めます。ここまでやってきたパスワークは、ものの世界に重点をまだまだ置いているであろう自分からのスタートで、4つの階層の生命の樹の一番下であるアッシャー界、ものの世界、見える世界に足場を置いている自分に意識的にフォーカスしつつ、まだ叶えていない自覚ある欲求欲望を手に入れてくことと、一段上の生命の樹の見えない世界、心の世界に足場を作って行くことを目指していこう、とか、一部は稼働しているねということを知ったりとか、してきています。さらにその上の層にどこかは飛び出していたりすることもあるのかをも注意深く見ながら、しかし今現在の生活メインの環境に振り回される自分というものをより自覚していきつつ、自分の本性に近寄っていく旅を続けていく自分作り、のような感じで皆さんが進んでいます。
これらは「ライフシンボル(絵画療法)や立体ライフシンボル」の理論に根差しています。この療法を構成する要素一つ一つを私自身が何回もトレースする必要があると思っているし、自分のいる場所が変わっていけば、また新しく理解する必要があるわけで、何度でも悩ましいわけで、それは発見がさらに増えるわけなので、何度でも美味しいとも言えるものです。さらに師匠は進化し続けているというか、もともとのものにしていこうとしている。ゆえに私は学び続け、研究し続けることからは手を引かないでしょう。進みはゆっくりとだし、やり方も独自っていうところがあるし、あまりにゆっくり過ぎるという時期も数年前までの数年間はあったので、それでもここから自分の意思でまた歩いてひとつずつをできる限り細かく確かめていこう、重ねていこうと思っています。
今、皆さんが実践しているパスワークも、さらに階層を変えていくということも先々起こせる可能性がある、ということです。そのために必要なこと準備のようなことを、練習のあり方などをお伝えできるように、さっそく様々進めていこうと思っています。
例えばHさんは、あと数回で「21・世界」のパスまで行った後、すぐに次のステップのワークが始まります。自分のルーツへと向かっていける自分づくりをしたい、休んだり放置したりしている場合ではない、という実感があるので、という話で。
私自身のハーモ二クスとか、プログレスの太陽とか、木星期であるってこととか、そもそも自分の足場をどのように変えていくのか、より本気で取り組んでいるのか、地上的な部分にある問題や現実対応は実際どうしていくのか、ということや実践についてなどなどを考えつつ、さあ、ひとつずつ。
毎月開催している「立体ライフシンボル」も10年以上継続していますが。自分の生み出した作品から自分のより本性に近寄る、出会っていくと言いつつもその道のりは短くはなく、これまでは今ここに居る自分の足りないという感情をまずは満たしていく「願望実現」ということにより強くフォーカスしてきています。ですが、今年の5月に入ってからは少しずつ変化し始めていて、現場でもお話をし始めています。実際のやり方やあり方おいてはさらに今後も変化し続けつつです。
現在は、生命の樹の4つの階層の存在と本性への道ということを前提とした上での「欲求を実現する」ということであったり、体験することで自分にとっての未知が既知へと変化していく、自分の本性への旅のこれからを妨げないものとしていくための「作品との出会いと実践活動」として捉えていくという側面をより強く意識していきたいと考えています。実際にそれについて様々お話することもあるでしょうし、状況によってはしないこともあると思います。
今後の「立体ライフシンボル」というワークには作って実現!というだけじゃない、さらにこれまで無自覚だったところに意識を向けていけるような流れを用意しようと考えているよ、ということです。だからといって参加の皆さんにいかにも難しいことを目の前でほらやってみて、と言い出すわけではありませんのでご安心を。(笑) 例えば、聞いたようにそのように出来ない自分がダメだと言われている…というのは過去のご自身の人生体験からの思い込みです。逃れられない過去からの現状を正面に捉えつつ否定せず、正邪ではなく、ノージャッジでいきましょう。手離す必要のあるものは、そう望むならゆっくりとでも手離していくことが可能です。
前と同じように見えつつも、何かが確かに変わっていくんだよ、ということも起きていたりするのです。

2018.10.08 Mon l 自分との出会い l COM(0) TB(0) l top ▲
どう思えるのかってことは、その先の鍵を握っているということなのだなと。思い至ると至らないでは、体験の意味が違ってしまう。
起きていることをどう思うか…、今はこう思えるけれど…、それも縛られた固定観念の中に居てのことなのだから、ここから離れたなら違うことを思い感じるということなわけで。自分の居る場所(世界)によって、与える意味受け取る意味は変わってしまう。見ているものが違うということ。ならば我が身から出すものも変わるだろう。それらをさらに見て捉える位置に居るのなら、動きや停止や移動や前と後にも詳しくなるのだろう。などとさらに思いを馳せる。
自分が体験している現実は、本当にはそう感じている以上のことが何層にも起きている、横たわっている、ということを知っている位置に行くことが、可能性としてあるのだと。望むか望まないか、次第だが。それはあまりにも目の前のものが欲しいとか、手に入らない日常に執着しているとか、そういう場合にはまるで別世界の話しで、渡りのつかないものなのだということも、己と環境に起きることによって思い知らされていく。

最近の何人かの話から。良いとか悪いじゃなく、それは自分に還っていくお話しだし、出来るとか出来ないの話しではないから。求め行くかどうかで、それは自由だし、優劣と関係ないでしょう。焦っているのなら、おそらくは日常生活に理由がある。地上で果たされていないものがあって、それが引き止めているっていうことだからこそ、それ、に正面から向かっていくタイミングだと教えてくれているのかもしれない。ですね。

2018.10.07 Sun l 自分との出会い l COM(0) TB(0) l top ▲
なんかいろんなことがわからなくなった時や、何もかもやる気が起きない、というような継続的状態になってしまった時には、毎日の生活の基本的なことに集中するようにしていくことがちょうどよい感じです。規則正しい生活、です。
朝の太陽の光を浴びて、散歩して、食事するときにはちゃんと準備して、お風呂入って、眠る、という流れを自分的な生活サイクルの中で型を決めて繰り返していくこと。月(衣食住)にフォーカスしてしばらくを過ごしましょう。やがてより増やしていくことを欲求するようになる、そんな日が来るから。
今日の話から感じたこと。

2018.10.06 Sat l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲
散歩中の夢。ひとつの出会い。
とある珈琲屋さんで小休憩をとカウンターの左端に座って、同席しているYさんの右隣にしばらくすると、ひとりの男性がやって来た。Yさんの手元にある「アイスコーヒー」を見ながら座席にどんどん近寄ってきて店員に「あいすこーひー、あり、ますか?」とたどたどしく突っ立ったまま聞いている。背は高く180㎝以上。40代後半か、ちょっと年齢不詳なタイプ。くるくるした大きめのパーマをかけているか天然の頭に長すぎる顔、骨格が太い。日本の人に見える。
店員の女性が「はい、ありますよ!」と元気に答えると男性はYの横に、椅子を引いて入り、片方が空いているにもかかわらず極めてY寄りに座ったので、さらに不思議になってつい見入ってしまう。あとで聞いたことだけれど、Yの横に入ってきて座った際に持っていた長傘をカウンターに引っかけていたらしい。その傘がYにぶつかってきてしょうがなかったが男性はそれに気が付きながら気にもしていない様子だった、と言っていた。
男性の身体の動きもどこかしらぎくしゃくとしていて、私はどうしてもその気配が気になってしまって、ついつい見てしまっていたのだけれど、そのうち急に「見続けてはいけない、明かしてはいけない、ダメだよ」っていう気持ちになって、あぁ、これは、見つけないでくれ、放っておいてくれって言ってるんだなと思ったので、できるだけ素知らぬ顔をしていた。ちらっ、とは見ながら。横目にちらりといやに黒いつやつやの目に見られていることにも気が付きながら。
そして、その男性の前にアイスコーヒーが置かれると、用意されていた小さめのストローをさして、顔を極限にまでグラスに近付けてストローをくわえて勢いよくごくごくと飲み干す光景にびっくり。ちょうどグラスに対して顔が被さると90度になっていて、「ああ、これって犬食いって言われたりするやつだよね」と思ったけど、それ以上にどこかしら変だった。
Yは自分のアイスコーヒーにミルクを注ぎ、ゆっくりと飲んでいるように見えた。けれど、あとで聞くと隣を見てはいけない、傘のことも気にかけてはいけないんだ、と頑張って無視していたとのこと。笑ってしまった。
その時は私も自分の手元にあるオレンジジュースを思い出して何回か飲んでいて、そのうちなんと男性が2杯目を手にしていることに気が付いてしまう。それは2層になった「アイスカフェオレ」だったのと、今度は先ほどよりはゆっくり飲んでいたように見えたが、飲み干すまでが早かった。すると立ち上がってお会計を済ませて椅子の外に出る。最後には店員さんの方に向かって大きな身体でゆっくりと90度に近い深々としたお礼をして、さらに、まるで買って飲んだのでは無くてもらって飲んで嬉しかったという人のように、子供の挨拶みたいに、とても丁寧に「あ・り・が・と・う・ご・ざ・い・ま・し・たっ」と言って直り、スッと後引くこともなく今度は素早くどこかへ去って行った。彼の気配は無くなっていた。
店員さんに不思議そうな感じは見られない。機械的に動いていたかのようにも見える。彼の飲み干した後をすぐに片付け、当たり前のように次の他のお客さんの方へと向かっている。
思い出してみると、彼の持っていた傘は見た目の年齢に会わない古い日本の時代のデザインのようで、着ていたものも全体的にたいそう古い形で黒っぽくて、昔の時代の大きなコートをバサッとかぶって着ているような感じだった。

「あぁ、まるでまだお若い天狗だな」って思いクスッと笑えました。不思議な存在に時折出会うことがあります。旅先とか、神社とか、時々中央線あたりでも。だからどうってこともありませんが、わりと日常です。少し楽しい気持ちになったりします。


2018.10.05 Fri l 散歩道に l COM(0) TB(0) l top ▲
本日のKさん。遠く遠くに置いて何かを思わないように感じないようにしてきていた自分のこと、過去から実は今もずっと続いている辛いこと、にフォーカスしてしまいました、ということを一ヶ月の間に自分で起こしていらっしゃいました。そこからさらにどのように見てくのか、考察していけるのか、ヒントをお話しさせていただき。感情に飲み込まれたり捉えようとする位置に移動したりしながら、自分のことを捉える練習へ。まだまだ過去のやり方は板についているのが自分だから、すぐに変わらない自分にがっかりなどしないことです。それは継続する中で少しずつ。

自分メモ。そのまんまで…じゃない、ってことあらためて考える。元のものと対応する地上のものと。それを見つけようとする自分という存在がどこ見ているのかってことと。同時に地上からのひとつずつの挑戦と。まだまだ手を付けるべきことはある。

2018.10.04 Thu l 自分との出会い l COM(0) TB(0) l top ▲
夢や瞑想で見たものは、当初わけがわからなくても、突然火花が走るみたいに何かが起きて「あっ、そういうことじゃん!」って理解できてしまうという状態になることがあります。気付かされることがそこにはあります。そして後々のためにも記録は大切。メモ書き程度でも書いておくといいです。
詳細は、はしょって。最近どうも気になっていた、場所を決めるってことの、それは外のことだと思っていた部分があるわけです。どこからか来る脈絡のないそうしたいという欲求をそのまま鵜呑みにして判断していた自分がいたので。ところがそれはここのところ数日経過する中で、よりリアリティを増してくるものがあって。それは体調にも表れる。
なので、わざわざ問いを抱いて探求、瞑想へと向かってみると、そこは腸の中でした。その中に住んでいた様々な生き物たちは一度ここで一掃されてゆく。そこに居れば波がやってきて思わぬ状況に運ばれてしまうという体験になるのだが、全体から見るとこれは調整の一環であって、前進である。
降りてくるもの、流れ込んでくるもの、を落とし込む場所作り、場所を用意するとはこういういうことだったのかと理解。環境を整える必要がある、と知る。外にある場所をどうするのかとか、そういうのではなくて、我が身のこと。ここをどうするのか、受け止める場の準備が進まねば、おそらく今後の予定的な行動をすることにも繋がっていきにくいか遅れる。自我がまだ無自覚な予定。おぼろげに気が付いているこれから、の。

2018.10.03 Wed l sanaの瞑想記録 l COM(0) TB(0) l top ▲
知らず思い込んでしまっていることというものはやはりあるもので、またひとつ私自身も解いていこうと思えるものに気が付きました。自分がどういう形でどういう風に歩いて行くのが自分らしいのか、その小さな具体性は? 例えばこの場面ではどのように? ということにも答えを出していく必要性を感じております。
答えに繋がっていく過程を楽しんでひとつずつ冒険しようと思います。
気が付けば、そんな太陽回帰。


2018.10.01 Mon l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲