地球を歩く私たちにとっての人生には、自分にとっての充実、自分にとっての成功、というのがあります。皆にとっての共通の充実や成功というのはありませんよ、ということです。例えあると思えるとしたら、それは他者や環境から植え付けられて信じ込んできたものであって、だとしたらできるとかできないなどの落差や評価に苦しむことになるでしょう。それは緊張している人生です。なので自分の肝心の「それ」と出会うことはとても大きいことです。まずはそういうのが本当にあるんだと知ることからが始まりです。
他者や環境からのものを手離していくうちに、自覚できる範囲での自分にとっての「充実」「成功」に気が付いて歩き出すことが可能です。それは実行しましょう。小さなことから大きなことまでひとつずつを実際にやってのけましょう。大きなものは何年かかったとしても、簡単に成し遂げらえないことだとわかっていても、その重なりゆく日々は素晴らしい道です。そしていつかさらに自分の奥にあるより深い充実を求める時もやってくるかもしれません。私たちは経験と共に常にシフトしていきます。
私たちの可能性のすべてを握っているのは実は私たち自身です。けれど今よりももっともっと多くを知るためには、まだ発見さえされていない自分自身の側面との出会いが必要です。自覚していない自分自身のことについて(例え自分にとって都合がよくないことであっても)詳しくなっていこうとする歩き方が必要になってくるでしょう。その道は、通常認識している自我の納得や満足とは離れていますので、心もとない感じがすると思います。わからないながら進んでいくというようなことをあたり前にしていけるか、自我がわかりたがっていることに振り回され始め揺れ続けるか、という場面にも出くわします。これも単純に練習です、必要なのは身につくまでの新しさの継続的積み重ねです。徐々に自我が環境から学んで信じ込んでしまってきたことを手放すようになっていくでしょう。新しさに慣れていくのです。やがて自分なりのリラックスということについても知ることになります。
私たちは、変わると決めたら変わるし、知ると決めたら知っていく、そういう生き物です。信じたように歩きはじめ信じたようにコトは起こります。それをひっくり返すような現実がある気がしたとして、それは宇宙のせいではありません。思うようにならない現実の理由、その多くは自分自身への「疑い」の発生が由縁でしょう。発生源に戻ること、諸々を明らかにすること、が重要です。
私たちはこの名前の付いた人生としては、今生一度きりです。自分にとっての重要なことを思う存分に描いて思う存分に歩きましょう。必要なのは自分への制限の解除です。
今日は朝からパスワークのセッション。ひとりずつが物語を持っています。


2017.05.07 Sun l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲