呼吸法とか瞑想など、毎日そう長くない時間をかけて練習できることを実行すること。さらにそれは毎日継続的に実践すること、と自分で決めて実行すること。自分を変えてやる必要がある場合には、感情に振り回されている日常から離れ始めることが大切です。
例えば、気分次第で日常を過ごしていると、結果的にただ時間が経過してしまっているものです。それは「目的意識」の設定をしていないからです。ほんの小さなことから、目的や目標を決めて実行し、そして達成するという経験を増やしていくといいです。あと、目標や目的は同じサイズのままでは、これまた前進しなくなります。達成するたびにサイズを大きくしたり、かける時間がよりかかるものにしていくということを意識しながら進んでいきましょう。
やがて、継続ということ、積み重ねるということへ抵抗する自分の心が変わっていくでしょう。

2017.09.30 Sat l 自分との出会い l COM(0) TB(0) l top ▲
昨日は、おはぎを買いました。時間にすると少しですが、レベルに入って存在たちに話しかけていました。ひとつのお彼岸の過ごし方です。「存在たち」とは、縁のある存在たちのことです。それは、もと地球製の身体があった方もいるでしょうし、もともとからそうじゃない方もいるでしょう、という方々です。
そしてまた日常に戻り、あらためて地上生活の部分にフォーカスします。ひとつずつをこの身体を通して体験していきます。

2017.09.24 Sun l 自分との出会い l COM(0) TB(0) l top ▲
例えば自分に厳しい人、自分に過酷さを求めてしまっている人は、本人に自覚無いままに他者に同じことを求めたり押しつけようとしていたりするものです。自分が信じている世界観なわけなので、それが外にあるのがあたり前だと信じ込んでいるので、他の世界観を実感していないからそれは無いに等しいという現象です。これは自分が知っているということと知らないということとの間で起きる世界の違いです。私たちは無自覚に自分が信じてしまっているものこそが普通なのだと、他者や環境と共通項だと、そう思ってしまうようです。
本当にそうだよな、と、度々思います。
自分以外の信念体系との出会いは時々に衝撃的ではありますが、ひとつ出会って受け入れそれを知るたびに、自分の小さな宇宙が少し大きくなって変わってゆくのを感じます。

2017.09.18 Mon l 自分との出会い l COM(0) TB(0) l top ▲
漠然となんでだろう、どうしてだろうってただ思うという日々に、明確な答えが出る日はなかなかにやってこないでしょう。
明確な具体的な「問い」が必要なのです。その問いは、他者の真似から出たものや何かからのコピペじゃなくて、自分から自分へ生まれた問いであることが重要です。
探し物の旅の準備に必要な材料は、本当には今ここに揃っている、でしょう。ただ今は、見えていないだけ。無いと思えるだけ。まだ発見していないのが現在であるなら、この本当にはあるという現実を知ることからが始まりかもしれません。「嘘でしょ、どこにあるっていうのよ、見えないよ、どこにも…」という思いが起きるなら、それは大切な経験です。そこにこそ自分の感情が溢れているでしょう。経験は実感で、自分にとっての本当のことです。どこかにある正しいはずの答えを手に入れることこそが重要だ、という思い込みを手離そうとし始めるといい時、そのタイミングなのかもしれませんね。
さて、そこに在るのは、落胆でしょうか絶望でしょうか。それがあなたのリアルな感情です。

2017.09.17 Sun l 自分との出会い l COM(0) TB(0) l top ▲
ご質問を頂いているので、少し書きます。
まずは私という存在が経験によって様々を信じ込み特有の世界観の中に生きている存在であるだろうということを仮定し、そういう捉え方に徐々に慣れていきましょう。私たちは信じ込んでいるものがある故に、何かの出来事に対する反応や想像が、過去の自分の経験に由来するものからの過剰反応の場合があります。行き過ぎた場合には、時に被害妄想的なところにまでいってしまったり。
これらは過去の体験による傷のケアが必要な状態です。信じてしまっているパターンも、より知っていく中で解除したり書き換えたりすることが可能です。
複数の人で何らかの同じ場面にいたとしても、他者から見た時の現実と自分から見ている現実が違う風景であったり、それぞれが全く違う印象や意味を持っていたりすることも普通に日々起きているよ、ということを受け入れていくことになります。ひとりずつが信じ込んでいる世界観や体験、過去の傷などがあるからです。それを知らず持ち寄って出会っているのが私たちです。怒りや悲しみでひどく感情的になってしまう時がある時、それは例えば自分の立場になって寄り添うように自分のことを理解してくれる状況やそんな心の人を強く求めている、あるいは強く要求している、のかもしれません。そんな自分にも少しずつ気が付いていくために、時に振り返って自分の言動に気持ちを向けましょう。
自分のことではあるけれど、ああ、無自覚なままの自分がどんなにたくさんあることか!
自分との出会いのひとつずつを受け入れていくほどに、気付かぬうちにほどけて、そしてやがて変容していくものがあるでしょう。

2017.09.13 Wed l 自分との出会い l COM(0) TB(0) l top ▲
Fさんから、日常の中にある「〇〇ねばならない」というのを発見しました!との報告が入りました。思わぬところで、しなければ!と思い込んで行動していた自分を見つけたのだそうです。それでよく自分の感情を確認したら、これはもう必要無いな、と思えたのだそうで。その「ねばならない」を手離したそうです。それは一つの整理整頓ですね。
次はお金に関係する「ねばならない」を自分の言動から発見していく取り組みに向かうのだそうです。
例えば、日常の中で信じ込んでしまって頑なに行動していることというのが、私たちにはたくさんあります。普段は無自覚。何か問題が起きた時などに、繰り返すそれにどことなく気が付かされつつも、変えるというところにまで踏み込むことはせずに、影響を受け振り回される方を体験し続けていたりします。人生の中で同じ場面を何回となく体験するということが起きたりします。
お金というエネルギーについて自分が無自覚に信じ込んでしまっているものをたくさん発見しましょう。自分と違うであろう人を観察することも役に立つでしょう。例えば、私はお金が好きって笑顔で言う人が居たとして。それはなぜならエネルギーであり、交流であり循環だから、って嬉しそうに語っている人がいたなら、自分はどう感じるでしょうか? 共感する、あるいは、???となる、あるいは、反発してしまう、などなど様々あると思います。お金と自分ということについて考察するチャンスでしょう。

2017.08.01 Tue l 自分との出会い l COM(0) TB(0) l top ▲