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すっ飛ばしているものがとても多い、多すぎるのが現状なのです。自己を振り返るっていうことひとつとっても同じで。さらっと実は肝心なことをスルーして何も発見するものが無いような無かったような感じにしてしまうこととか。
観察すること自体が当たり前になっていないために、見た気になる、観察した気になるというのもあるでしょう。
どういうこと? って考えましょう。今自分がしたのは観察したと言えるかな? って振り返りましょう。例えば、取りこぼしているものがたくさんあるのが当たり前なのが私たちなのだと、見ているようで見ていないのが私たち人の意識なのだなと、そういう前提がまず手前にあると、違ってくるものもあると思います。


2019.02.10 Sun l 自分との出会い l COM(0) TB(0) l top ▲
今をどのように変えたいのか、どのようになっていって欲しいのか、このままではなくて、どうなりたいのか、そういうことを考えて言葉とか文章にしましょう。明らかにする、明確にするということです。それがなければ途中経過もゴールもいつの間にか失われやすくなり、結果うやむやになりやすいものです。

2019.01.26 Sat l 自分との出会い l COM(0) TB(0) l top ▲
ご予約いただいた方と喫茶店などで待ち合わせをしていると、よく言われることがありました。初めてでもわかるようにテーブルの上にはタロットを置いていたのですが、約束の時間にいらっしゃらないのです。少し遅れてからいらっしゃって言われることは「探しました、いったいどこにいらしたのですか?」です。とある座席に座ってスタンバイしているわけなので、とあるモード状態で移動すること無くそこにちゃんと居るのですが、そうやってスタンバってると「どこにも居ない現象」が起こりやすくなるという。(笑)
ある時には、いつもの場所で待っていると、メールで予約の方から連絡があって「建物に入口がありません、どういうことですか? どうしたらいいですか? 入口はどこですか?」という???な内容だったりして。その時には即座に、イメージで入口を描いてそれをオープンして開きます。ということをします。するとすぐにメールが入ってきて「ありがとうございます。入口がありました」と連絡が。
その方は「本当に不思議なんですが何度通っても入口が無いんです、そして今は入口があったんです!」と興奮していらっしゃいました。そんなようなことも時々あります。

2019.01.24 Thu l 自分との出会い l COM(0) TB(0) l top ▲
頭で考えているだけのことなんだって案外気が付かないまま理想論を口にしていて、知らず自分も出来る気になっていて、けれど実際にさぁどうぞ!って言われた時には身体が迷ってしまって動かない…あ、どうしよう! なんていうことがあったりするよねっていう話が出ました。
目の前のものがダメだと思えるとして、ならば自分はどうありたいのか、具体的に細かくイメージを描くことを普段から練習しておくといいですよ、という話しになりました。
ダメ出しじゃなく、夢とか希望の場合にも同じです。様々な場面で具体的にどう動くのかというところをたくさんイメージできるかどうかが肝心です。


2019.01.18 Fri l 自分との出会い l COM(0) TB(0) l top ▲
これまで以上のあり方や可能性を求めるのなら、その時には、今信じ込んでる自分の世界観の外に新しさはあるのだということを思い出しましょう。私達はいつだって信じている世界、世界観の中に生きている。


2019.01.14 Mon l 自分との出会い l COM(0) TB(0) l top ▲
日常的に使っているものが壊れるっていうときは、ひとつのサインだなって思う。手放すタイミング。新しくするタイミング。これまでと違った選択、進み方、進め方をするチャンス。

2019.01.06 Sun l 自分との出会い l COM(0) TB(0) l top ▲
ほんの少しの時間でもやはり瞑想の練習は継続的にしていただく方が進みやすいと思います。極端に、1分でもいいから、続けることが肝心、なんて言い方をしますが、嘘ではありません。ほんの少しの時間でも、自分が自分の方を向く、向こうとしているという瞬間が継続的に日常に存在していること、それでこのあとどうするのが瞑想? って考えてたり思っていたとして、瞑想とか自分に向かうということが気がかりな状態であることが、その先を生み出すことになるでしょう。
わからないとか気になることがある場合には、探そうとし始めましょう。

2018.12.28 Fri l 自分との出会い l COM(0) TB(0) l top ▲
自分の心がいかに動いていないかを知らずに来ていたのに、気が付いてしまったのだというお話し聞きました。こんなにも自分はこころが動いていないし、他者に関心が無いし、それなのに外に向かってこの自分をしょっちゅう受け入れてもらいたがっている、勝手に期待し落胆してる…それが自分だと思います。って、お話しをされるNさんは、新しい立ち位置に立とうと練習している状態でした。気付くときが来た際には衝撃があるものだと思います。まさかまさかの自分の有り様なわけです、そこに発見してしまうものは。
それでも逃げ出さずに、否定もせずにいきましょう。ほんの少しずつ。
見えなかったものが見えるように今は変わってしまった、のですから。これからもたくさんシフトしていけるのです。
冬至、そして直後の満月、が過ぎました。


2018.12.24 Mon l 自分との出会い l COM(0) TB(0) l top ▲
とあるチームがまず動き出すと思うのですが。立体ライフシンボルをこれまでの視点とは違う位置から体験してみよう、という動きが出ていまして。これまでの、というのは、あくまで「現世欲求」にメインの柱があるということかと思います。来年稼働するチームは、これまでシルバーを制作したことはありませんが、パスワークを終了および継続しています。
現段階で考えているのは、時期を変えて、四つ作る四回という形でワンセットになる形です。主軸は四つの階層を意識することを目指すということ。一番下の物の世界に足場を起き続けるままではなく、次の段階へと足場をどうにか移動可能にすることを意識的に取り組んでいく中でのシルバー制作である「立体ライフシンボル」をやってみようという声が出たので準備していきます。9分割の理論などの話の時間も通常より多くなると思います。占星術の基礎的なことと生命の樹、パスワーク、十牛図などと連動させてお話ししていく部分も通常版よりあるかと。なにより私自身がもっともっと色濃くしっかりせーよ、色々考えて行けよ、ということなんだよね、と思っております。中長期的に。
もちろんこれまで通りの現在の自分のでこぼこしたところに意識を向けて改善していこうとすることや、願いを叶えていくという「立体ライフシンボル」も継続開催していきます。こちらは何の専門的な知識も必要なく「自分と出会いたい」ということで参加いただけます。ただただシルバーアクセサリーを作ってみたい、という方にもご参加いただけます。


2018.12.16 Sun l 自分との出会い l COM(0) TB(0) l top ▲
信じているもの、無自覚に信じこんでいるものが変わってしまうと、現実化されるものが変わります。変わり始めます。当然のことなわけですが、私達はなかなかに信じこんでいるものを意識的に変えていくことが簡単では無いという世界を歩いていることの方が多いので、どうしたらいいのかさえわからないまま日常をまんまの自分で過ごしていくことも少なくないのが現状です。けれど、何かを規則的に練習し続けることで、変えることの可能な自分が出現するのだと思います。ただただ考えてどうしたらいいんだ? と言っているだけでは、いつまでも何も変わらないでしょう。わからないながらも練習を積み重ねていくっていうことのスゴさ。後々になってしか実感できないこと。


2018.12.15 Sat l 自分との出会い l COM(0) TB(0) l top ▲
気になるのなら、そもそも始めていないか、あるいはまだ卒業していないってこと。気になる「それ」においての未知の領域がまだ存在しているってこと。ならば、早くなんとかしなきゃ、とか無理に卒業しなきゃいけない、というのでは無くて「まだそれに興味があるのだよ私は」と自ら受け入れよう。自己を下げたり否定したりしながら今を超えて凄いところに行こうっていうのには無理がありすぎる。今の自分を見つめること、否定などせず受け入れて、まだ興味のあるその世界を堪能しに行くことしよう。そんな自分を責めることなど無いように。満足したら離れる、そういうものなんだってこと、自分でたくさん確かめていくのがいいと思うのです。そう言われたから…っていう自分がいるのは、他者の責任にしてしまっているということ。ひとつずつ自分で自分のことを考える練習をしていくのは大切。

2018.12.09 Sun l 自分との出会い l COM(0) TB(0) l top ▲
誰かにどう思われるか、それによってようやっと自分がそこに出現する、あるいはそこに(他者の心の中)自分が居ないことに簡単に落胆する、というのではなくて、どういう環境にあっても自分が自分を出現させることが重要なのですよね。自らを存在させるのは己自身。自分が誰かに存在を認めてもらわないとそこに居ないというふうに自分が思い込んでいるのなら、毎日が期待と絶望かもしれない。
番頭さんは誰かにそう言われたから番頭さんになれてるわけじゃない。そう呼んでもらわないと番頭じゃ無くなるっていうわけじゃ無い。そんなことに一喜一憂しない。番頭さんは自らが番頭であると自覚して仕事をし言動することで、自分を番頭にしているのだよ、なんていう話しが本日出ました。もらうものじゃ無くて責任を果たすっていうこととか。どう扱われるかで変わってしまうようなものなら、いちいち落ちたり上がったり、それは仕事自体じゃなくて人間関係重視だねとか。名前もらったら幸せになれるとか人が言うこと聞いてくれるっていうのじゃなくて、実際の自発的な働きがどうかだよねとか。
どうして番頭かっていうと「あさが来た」の再放送を録画して見ていたりするからです。(笑)
ここにいる、自分ひとつ。もっともっと見つめようって。

2018.12.06 Thu l 自分との出会い l COM(0) TB(0) l top ▲
全く知らない世界の勉強をしてその世界に入り、過酷な業務の中で修行して、さらに次への一歩を選択し、新しいサロンに勤めて…という怒濤の一年を過ごしたSさんが、先日「一年経ちました」と感慨深げにお話してました。彼女は、それまで何かを続けて何かになったことなど無い自分を半ば責めていたり、自分自身に落ち込んでたり、ひねくれたり、色々あったわけです。30代半ばになって、ようやくようやく自分に積み重ねるということをさせてやることが出来た、そんな一年なのだそうです。変わりゆく自分を生み出したのは他の誰でも開く自分自身、Sさんです。次への目標も見えてきているようでした。物語はまだまだこれから。

2018.11.28 Wed l 自分との出会い l COM(0) TB(0) l top ▲
瞑想しても入れないとか、ビジョンがやって来ないとか、そういう話も最近時々相談がありますが、諦めずに練習を重ねていくことが必要です。それと、自分がかちかちになっていて実はストレスフルな毎日を送っているのではないかと考えてみることもあっていいでしょう。メリハリをわざとつけるということを採用してみましょう。緊張と弛緩ということです。交感神経と副交感神経ということ。
なんとなく気忙しいままに流されてずるずるっとした1日の過ごし方が当たり前の場合には、オンとオフをワザとくっきりハッキリさせてみるということです。働くという時と、休むとか癒やすとか遊ぶという時とを意識的に用意してみましょう。

2018.11.25 Sun l 自分との出会い l COM(0) TB(0) l top ▲
冬至かあるいは1月にお絵描きワークしようかなと考えています。興味のある方は問い合わせください。

2018.11.25 Sun l 自分との出会い l COM(0) TB(0) l top ▲
ものの世界だけで満ちることが無いと思えるということで、そのことばかり思い考え、何か出来ることは無いかを探しては実行し、という日常を重ねている方々もいます。私がお伝えできることをさせていただきながら、様々なお話しを聴かせてもらって、私自身が大きく学ばせてもらっているのを感じます。例えば、元々から少し常識からはみ出しているとか、社会の中でやり過ぎたことがあるという面を持っているという方の、さらなる次への自分の壊し方というのが面白いです。
あと、整理整頓がここのところテーマになっていて。皆さんから聴かせてもらっている話も、心のあり方についての整理整頓だったりすることが多いです。ひとつの節目の時期ですね。
そう言えば、Oさんは最近のとある日、突然に解雇宣告されたそうです。どう次の新しさに繋げていくのか、気持ちは決まっていながらも具体的な運び方について模索中のようです。自分で起こすか、起こされる側に立つか。


2018.11.21 Wed l 自分との出会い l COM(0) TB(0) l top ▲
前の記事の続きです。この話は、自分が自発的に自分を癒やそうとか、どうにかしたいと考えていないという場合の状態の方です。10年以上前からの知り合いの方です。私の仕事のことを知ってはいません、内容を理解してはいないだろうと思います。カウンセリング的なことをしているという感じかなと思います。数年間会うことはなかったけれど今年しばらくぶりに会い。
例えば現段階では、ご本人から私はどんな「助け」も求められていません。ただ現状の自分を見て何か言いたいことがあなたの方にあるのならぜひどうぞ、という姿勢なのですね。それは例えば私の方に欲求があることを期待している、ということにもなります。おそらく常習です。なので実際には、私は聴く、ということに重点を置くことになります。前にいる間は、まるで怒っているかのような顔だったり目の動きが何かを覗いているような感じになったりします。
実は困っているのに、現在のままでは不足ばかりでのどが渇いていて、満足する日々では無いのにも関わらず、ただ何かを待ち続けているという行動をとり続けているという前提での話なので、皆さんに当てはまることもなかなかないかもしれません。部分的には重なるというところを発見したりすることもあるかもしれません。
新しい対応が自分の身体から表現されるとき、それが過去の自分を内包することのできる自分と出会っているとき、ということでもあるでしょう。思い悩み、考え続けて、何かを積み重ねたことの先に、ある時スッと考えなくても身体が動いて新しい思わぬ言葉や行動が自分から出ちゃってるよ、ということが起きる。それはどなたにも起きる、起こせることなのだなとあらためて思います。ダメな自分に同調してただ落ち込むのではなくて、自分が、この自分のことをどう考えるのか、どうするのか、ということがとても重要なのですね。自分、なのです。凄いことなんだなぁ、これが。自分、なのですよ、すべてが。
誰かに何とかこっちを向いて欲しいという飢餓状態の間は、むしろ欲しいものはやってこないでしょう。自分が自分の方を向き始めた時、外からもやってくるものがある。起きる、のでしょう。


2018.11.19 Mon l 自分との出会い l COM(0) TB(0) l top ▲
何をしていいかわからないから、しない。どうしていいかわからないからなんとなくそのまま時間を過ごしている。そういう日常の渦中に今あるんだという、とある知っている方の話を聴きました。これまでも目的も無く、今も無いから仕事には行ってあとは休日も家の中に居て全体的にぼぅっとしている、と。やらなくちゃいけないのだろうと思うことも、ノートを買ったはいいが開いた途端にそのページに具体的になにをか書けばいいのかわからないから横において、結局そのまま一ヶ月間何も書かなかったという体験があるのだと。
そう話す自分自身から「強い欲求」がこぼれて溢れ続けているっていうことには気が付いていない状態で、部屋の空気感までもが固まっていく、というような感触あり。
これはこれがそういうことなのか、と納得したのです。なぜ、決めたことが出来ないのか。なぜ、自分で言い出したことを忘れたり、軽んじたりしているのか。なぜ、どうしたいのかわからない、と言うのか。なぜ木星期を前にしていながら何も成していないことに不安を感じること無く、恐怖を感じることからも逃げてしまっているかのようでもあり、なにか別の自信さえあるかのような落ち着きがあるのかということも。
感情論じゃないってことで、それではどうにもならないものだということで。これは思考と感情と身体ということと関係あるってことで、癒やせば進むという話しでは無くて、もっと違う視点が必要なのです。
その方は、そのまま、このままいくのだと思う、と話していました。まだ恐くない、まだ危機感というものを感じてなどいない、と話していました。他者の懐にある寂しさを探しているかのようでした。受け入れ先を求めている強い欲求の自分を後ろにまわしているかのようなあり方を見ました。
基礎的な内容のもので継続的に何か練習することが必要なのだとは思います。少なくともお酒飲んで解放とか気分紛らしとか、怒鳴ったり叫んだりして解放というのでありません。自分で気が付く必要がある、のですよね。自分が招いていることを。
内容などを変えてですが、自分のことを振り返るきっかけになりました。改革し損ねていること。立ち止まって自分とお話です。


2018.11.18 Sun l 自分との出会い l COM(0) TB(0) l top ▲
期待だけで動いていると、それは結果落胆に到着するっていうことを学び始めた頃を思い出すような会話に、最近出くわしています。期待だらけの中で抱く願いは、実は願いにはなっていなくて、それは「私にそれをぜひとも与えてください」というような他者に対する無自覚な姿勢の場合もあって、やはり結果的に「どうして私にはくれないんだ」「なんで自分だけうまくいかないんだ」という思いや発言に繋がってしまうこともあるのだそうです。
現実を受け止めてひとつずつに手を付けながら「欲しいもの」へと向かうには、知らず乗せてしまっているもの、果たされぬままの強い欲求があるということに意識的に取り組んでいく必要があるでしょう。
私自身、生い立ちという点からの身の置き場の無い不安感による切望で、存在の許可を無自覚なままに他者に求めて欲して、そんな自分に気が付かぬままに、ようするに相手を見ているようで見ていないままに、自らが落胆の感情に陥るというようなことを経験したことがあります。
積み重ねる勉強と実践が、ひとつのことを重ねていく行為が、そんな自分を変えていってくれる力にもなるでしょう。けして途中で放り出さずに。


2018.11.17 Sat l 自分との出会い l COM(0) TB(0) l top ▲
とある作家さんがその場で大きなボードに絵を描くという場面に出くわしました。もう何十年も描いている方で、その日はファンの人達の目の前で描くというイベントだったようで。たくさんの人で混雑していましたが、私はちょうどよい位置に入ってしまい、作家さんの姿も腕の動きも筆先も見えるという場所で、次第に集中していく自分が居ました。絵が完成すると会場内は拍手で、ハッと気が付いて時計を見ると1時間が過ぎていてビックリしました。体感15分ほどなんですよね。
墨、筆、一本でやがて浮き上がるように現れる人物、そこに光を入れていく姿、絵の中に居る存在達の迫力、ものがたり。思い出すものがありました。描いているときの体感です。真っ白なボードに始まって、出来上がっていくその過程、形で描くのではなく波とか色で近寄っていくというような描き方をしていたあの時。
忘れていたんだ、ということに気が付かされたのです。尻尾つかんだ感触。さてさて。


2018.11.14 Wed l 自分との出会い l COM(0) TB(0) l top ▲
見えてなかった自分のあまりに無自覚な言動が、ほんの少しだけ、見えたというよりかすかな感触だけれどほんの少しわかってきたことがある、という話しを聴きました。
それでもまだ板に付いた自分への姿勢は残りまくっていて、そこにあるのは無自覚な自己否定であると、手放すことは出来ていないけれど、それもまたほんの少し自分がどれだけ自覚無いままに持っているものを溢れさせているんだなと、感じたのだと。
理想のようにいきたいけれど、身体も感情もそのようには動いてくれなくて落胆ばかりしてきた現実をようやく受け入れて行こうとする自分がいるよと。
そんなSさん、これから先どのように仕事していくのか、挑戦なのだそうです。



2018.11.12 Mon l 自分との出会い l COM(0) TB(0) l top ▲
自分の持って生まれたものというのがあって、たぶんおそらくやっぱりそうなのだろうよ、と感じてはいても、様々な行動に移すというところで長く躊躇している自分が居たのは知っています。それでも大きくはそれることの無いように、関連事項には手を付けつつ、深掘りしないというか何かを地上化しないというか、そういう感じでおりました。天秤座の太陽に山羊座の冥王星が90度になった時には同時に牡羊座土星に対してもきっちり90度で、Tスクエアの状態だったのを思い出します。ここを境に大きく変わっていくものがあるという時期でした。
例えばこれは、現在天王星が逆行していて牡牛座から牡羊座へと7日に入りますので、2011年からのことを今一度思い出して、改革し残していると感じているところにどう手を付けていくのかということに関係するとも思うのですが。2019年の3月6日に再び天王星は牡牛座に入るので、それまでの間に何が出来るかということで。
私ごとに話しを戻します。本当の自分に帰っていくことと社会活動をさらに結び付けていくこと、という行動をより起こしていくことへの恐れとか怯えのようなものが思っている以上にあったのだろうなと思うのです。私の素性というか、本性のあり方としては、この地上では関係者はそう多くは無いようです。私は、とある一族との関係が深く、それがより明らかになっていくだろうし、これが問題というわけでは全く無く、これまでの歩き方ややってきたこととも関係していることもわかるし、これからやることもよりはっきりしていくだろうと思います。遠い物語に繋がる、私にとってメデタイことです。
何よりここ最近は、本当に北陸でのとあるコトを終わらせていくタイミングがゆっくりと来ているのを感じつつ、自分の人生を引き受ける覚悟を試されている毎日です。様々やって来ておいて、今更か?という声も聞こえてきそうですが、物理的なことの世界での判断とか動かし方の決断と行動という実践編がこの先に待っているのですね。自らの決断を360度から見直し、確認し、それでもこの決断でいく、という自分への道のり、過程です。時に弱気な自分のこともより理解しつつ、正しくあろうとなんかせず、自分の持ち分へと帰っていくひとつずつを細かく見ては歩いています。


2018.11.06 Tue l 自分との出会い l COM(0) TB(0) l top ▲
偶然チャンネルを変えていて、能の「羽衣」を観ました。すぐに「お面作りとガイドとの出会い」という内容の講座をしていた時を思い出しました。まず紙粘土でお面を作って各々に色を塗り、次に変性意識に入ってガイドに会い、踊り(動き)を教えてもらって帰ってきて、それを地上に降ろして自らが舞う!という内容の講座で、ある時期に連続講座として開催していたものです。
私自身も参加者の皆さんと一緒に制作し、そして踊ったわけですが。その時にガイドへの問いで得たものは、止まっているように見えるものということで、ひとつが生まれてやがてしおれて枯れていくひとつ、というのがテーマでした。能の動きは大きなヒントだったのです。地上に降ろす、体現するという段階で、イメージ通りのそのようにはまるでいかないので、がっかりもするものですが、それ以降自分が見つめる方角というのを知った、という時でした。
私は昔から特定のガイドを人としてあまり見たことがなくて、それはいつも空気感のようでした。ガイドという概念も持っていなかったのですが、信じていい存在だとは思っていました。後々それらをガイドと呼ぶのか、と知ったのです。人として見ていたのは、例えば小学生低学年くらいまでのことで。自宅の階段の中程に住むおばあちゃんが居て、いつもお腹が空くとおはぎ(きなこ・ごま・あずき)の中から好きなものをを作ってくれて食べさせてくれる存在でした。とある歌を歌いながら両手で糸巻きみたいなことをすると、やって来るおばあちゃんです。どうしてその歌でその動きなのかはもう覚えてはいませんが。
ガイドという存在がよりハッキリとしていったのは、タロットやRV、水晶視や黒鏡の練習で、瞑想でターゲットに向かう、移動する、見るというような練習をし始めてからだと思います。
ガイドとの出会いの形としては、光とか煙のようなものの動き、動物、変な形の生き物などです。それ以上に、実際はそこに現れた動きとか物語の一場面の方を意識は向いていて、ガイドの声は頭の中に入ってくるという方が近いかなと。
自分が変わっていくほどに、出会いも出会い方も内容も、捉え方や意味も変わっていくものだと思います。だからこそ今ここにいる自分がどこを見ているのかということが重要になってきたりします。


2018.11.05 Mon l 自分との出会い l COM(0) TB(0) l top ▲
今日聞いた話から。
誰より自分が一番自分を許していない、許可していないことだらけ、であるならば、外に見える人達や環境から自分は許されない、許可されない、ということを信じてしまっている自分がいるということかも、って考えてみましょう。だとしたら、許しが欲しくてしょうがないはず。誰かに認めて欲しくてしょうがない、はず。なんじゃないだろうか? そう考えて自分のことを見つめてみましょう。
そして、外に出現してから、自分が自身に許可出せるようになる…というのは、順序が逆なのかもって考えてみましょう。
たくさんの自分のことの出所は、誰かじゃ無くて、社会じゃ無くて、自分だからです。
簡単にわからないことを横に置かずに考え続ける、継続的に探求し続ける自分というのを、今よりも少し大切にし始めると、何かに気が付く時がやってくるかもしれません。その解けそうに無いパズルを作ったのは、体験を望んだのは、いつかどこかの自分自身だったりするのです。


2018.11.03 Sat l 自分との出会い l COM(0) TB(0) l top ▲
変性意識状態になることが増えるといいですよね。何十分もわざわざ瞑想するっていうのもありですが、もっともっと早くとある状態に入ることが可能になるように練習していくと、意識して瞑想していくと、早くなっていくものなのだと感じます。だからもっともっと短い時間でもOK。ただし、毎日続けるとか、継続するっていうことは重要です。
私は気が付くと幼い頃から長い長い間、座ってただただひとつに毎日何時間も向かうっていうことをたくさんしてきました。それはやっている間に瞑想状態になります。ある時から時折、境目というか、とある空白の向こう側にバンッと出てすでに何かを見ている自分がいることに気が付いて、ハッとしてしまうと終わってしまうので、そういうことを時々体験している自分がいることに気が付いた時があって、そこからはそういう状態になっている自分に全くの無自覚状態ではなくなりました。それに入るまでに時間もそうかからなくなっていきました。
大きくそれから離れて、違った環境の中に入り、占星術やタロット、変性意識状態の練習や実践、仕事としての活動ということで続けてきているわけですが、これらの体験はずいぶん後になってから思い出したのです。2003年から始まって2005年の間に一度全部を忘れ去ってしまうくらいそれまでのあらゆるものを捨てた、ということがあったからでしょう。でも繋がっているんですよね、知らずたくさんの練習をしてきていたんだなと、自分を受け入れ始めていく流れがありました。過去に帰るわけではないし、あり方はずいぶん違うのですが、やって来たことを別の形に生まれ変わらせた上で生かそうとしている自分がいるんだなと思っています。


2018.11.01 Thu l 自分との出会い l COM(0) TB(0) l top ▲
少しずつ、ほんの少しずつだけ、変わっていくもの。
結果が人生を変えてくれるんじゃ無いから。日々の渦中が、何を思い何を行動しているかの瞬間瞬間の自分が、いつかの結果に繋がってはいるから。


2018.10.31 Wed l 自分との出会い l COM(0) TB(0) l top ▲
Hさんから日常の報告をいただきました。自覚無いままに見たくなかったことを、それでも日常に起きる問題からは逃げられず、とあるきっかけで見てみよう!となって、それでもどう見ればいいのか捉えて次のことを考えていけばいいのかというところが自分では曖昧で。それでワークをしたわけですが、現実を見る、直面するワーク。そして日常に帰られて、奮起してひとつずつ着手。その経過状況などを送ってきてくれたのです。
ゆっくり呼吸をしながら、ひとつずつ、これからのことを進めていかれるといいですね。
外に見る「成功」の形というのがあって、それとは追いかけてはみるのだけれど、どうも違うなぁ、うまくいかないし、という場合があります。それこそがヒントにも実はなっているのかもしれなくて。これまで見てきた「うらやましい形」での「成功」が、自分の本当に欲しい「成功」ではないことがあります。社会で見てきた、他者に見てきた、成功の形を自分のそれだと思うことは誰にでもあることで、実際本当には自分がどうなっていくことを望んでいるのか無自覚なので、迷い、わからなくなり、自己を否定するようなことにもなってしまったり。
自分の特徴にたくさん出会っていくことで、それはより整理整頓されていくことになるでしょう。積み重ねていく練習は、いつかの私を助けてくれることになります。

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2018.10.22 Mon l 自分との出会い l COM(0) TB(0) l top ▲
今、欲しいものは何ですか? なんとなく幸せになりたい、いいことありますように、というのじゃなくて、自分の中を整理して欲しいものを明確に意識化していますか? さらにそれを手に入れたなら、自分はどうなっていくのでしょう? その姿や風景、出来事などの想像は可能ですか? 
この夏~秋は、占星術にもタロットにも詳しくない、全く知らない、という方が、パスワークを始めるという流れが多いです。パスワークは、無自覚なままの自分について詳しくなっていき、様々な視点から自身のことを捉えることが出来る自分に近付いていこうという挑戦であり練習です。もちろん自分の弱点をより客観的に知る(活性化していく)ということや願望実現とも重なってきます。例えば見えるものの世界に向かっての欲求だったり見えない世界への欲求であるとか。自分という存在を社会基準に合わせたところからだけでは無い点からより理解していくことのできる可能性も。

2018.10.21 Sun l 自分との出会い l COM(0) TB(0) l top ▲
自分ひとりでのことじゃないがために、自分の力ではどうしようも無いという問題があったとして。他者や集団が絡んでくること、だとして。その問題自体が思想や意思を変えることは無いだろうし、こちら側に譲歩することも受け入れて変わることも無いだろうというものであったとしても。不可能に思えてしまう現実がたとえあったとしても、実はどうにかしようがあるのだよということを外に知る。思い付く、気が付く(自らが)というものではなくても、まずは知るということは、凄いこと。それは出会いによって可能性を手に入れた瞬間です。そこからが自分。そこから自分の意思を作っていく日常、小さなことの積み重ねが、その行動力が、ある時変容を起こすことになっていく。やがていつかは発露する、閃く、問いと答えがセットになっている、ということを自ら実践していけるかもしれない、ということに繋がっている。

私事ですが、10日にプログレス太陽が度数を変えました。これからが蠍座最後の度数、30度「ハロウィンのわるふざけ」というシンボルの約一年です。10日までは一番苦しいともされている悲しみの度数29度の一年間でしたが、それが終わりました。今は蠍座人生30年にさよならする最後の一年のはじまり、ということになります。その後は射手座30年間のスタートです。

2018.10.11 Thu l 自分との出会い l COM(0) TB(0) l top ▲
外に向かって何か表現するもので新しいものが欲しいから情報探しをするとか、他者に話すためとかネタ探しのようなことを人に向かっても時折無自覚にもすることってあって。やがて欲しがってる自分に気が付く時もあるのだと思います。今のままでは足りないって思ってしまっている自分がいるとか。私たち人間って自分に気が付かずそういう症状になってしまっていることがあったりして。
誤魔化さずにきれいごとじゃなく積み重ねて歩いて行く中で、実は大きく借りてることに気が付かされる。外にそういう人を見たときも、振り返る。
そういえば、今日は新月ですね。12時47分に天秤座16度で、です。金星も蠍座で逆行開始しているし、様々確認する必要がありそうです。新しい小さなひとつずつを自分のものにしていくってことは、血が通うまでということなのだろうなと。

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2018.10.09 Tue l 自分との出会い l COM(0) TB(0) l top ▲