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なんでも同じだと思うのですが、変わってしまう自分に出会うまで、練習を重ねてやめないで続けるということが重要です。今ここにいるこの私ではなくなってしまうから。今ここにいる私が納得できるような形や答えの出方とは違っていて。そこに到達するまで踏ん張って継続練習するのが、それ自体がコツです。
今の段階では、変わっていない手に入れていない今の自分のままでは、いったい何言ってるんだろうな?って思うかもしれないけれど。より深い瞑想へ、も同じです。自分の感情に近寄る、というのも同じです。


2018.11.10 Sat l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲
私の出生天体、天王星の度数はサビアンシンボル26度「香炉を持つ少年」というもので、ずいぶん前にワークでお絵描きをした際に、私は仕事仲間の車に乗っていた時に追突された事故の直後の首のむちうち状態だったのも覚えているのですが。とにかく具合が悪く。それでも片道9時間ほどかけて移動した後に描いた絵でした。具合が悪いぐらいがちょうどいいっていうのもなんか可笑しくて然りだなとか思い出します。その時に変な集中力で壁と窓の方に向かって描いた絵も覚えていて、っていうか忘れられるわけは無くて。それがその後の人生を左右しているといってもいいくらいだからです。それは私の4ハウスのルーラーでもあり。
人生のどこかで、かけらかもしれないけれども自分の本当を出すことの出来る環境とタイミングに出会うことがある、それが起きるということは、その後を変えてしまう、変わってしまうという可能性との大きな出会いです。私の場合はそれがある時、出生天体の度数のサビアンシンボルの絵を描くことでした。10年以上の親の24時間介護という継続的なことを続けたことがあるだけで、何かをちゃんと学んで試して結果出しながら進んでいくなんてことの出来なかった、地上のいろんなことにただうろたえていた私が、徐々に変わっていくことになったきっかけのひとつです。


2018.10.27 Sat l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲
現在行っている個人セッション型のパスワークですが、離れた場所にお住まいで都内に度々出てくるのが難しいという方がいらっしゃって、いろいろなやり方があって今はそれらを使うことも出来るので、継続ワークでスタートすることになりました。来月から。
春くらいに始まって、ここ1ヶ月くらい強めに、過去に描いていた絵のことを思い出すことが増えていて、画材を見たりしに時々通うようになっています。今の年代になって、あるいはここから先のどこかで、自分が描く絵は、今度はどんなだろうって。十牛図のワーク以外ではしばらくお絵かきワークの開催もしていないのですが、希望の方は声かけてください。部屋やカーペットがどうしても汚れてしまうので、少人数でなら可能かなと思っています。あるいは会場を外に。


2018.10.25 Thu l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲
時々は大きくて広くどこまでも広がってるような空を眺める時間も作る。その時の雲の流れを眺めつつ。おおむね私は気が付くと海の方向を向いてることが多い。見えても見えていなくても。

2018.10.24 Wed l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲
本日のランチ。

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サラダに紅茶。添えられていたのは、イチジクとレーズンの差し歯にあぶない固めのパンと。
日本語じゃ無く英語ばかりが聞こえるようなカフェに時々行きます。耳に慣れるでしょ。ゆるい練習法ではありますが、少し身近に置きたいのです。
本日は移動中にエレベーターの中での英語の会話に出くわし。旅行者と思われる女性に「英語は話せますか?」と聞かれて「あ、少し」と答えていた40代後半くらいの日本人女性がいて。「外に出たいんですがどこですか?」「外?」「そうよ、外よ!」聞こえにくかったので「アウトサイド?」と確認し、そんなやり取りのあと、エレベータから降りた後に「こっちだよ、ここから上がると外に出られるよ」と彼女は誘導してました。聞きながら自分ならどう質問したり答えたりするかな? とあれこれ練習しながら遊んでいます。

2018.10.19 Fri l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲
長く休眠状態だったメールボックスの退会手続きを進めています。文書のみ、なんだっていうことで、時間かかる。見直して、変えられるところは変えていこうと思って、様々な面を見ているところです。わからないまま放置していたらしいもの、とか。面倒に感じておっくうだったもの、とか案外あって。しかし、そろそろスッキリさせよう、と思って。

2018.10.15 Mon l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲
今年は、高千穂の栗が手元にやってきました。

2018.10.13 Sat l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲
なんかいろんなことがわからなくなった時や、何もかもやる気が起きない、というような継続的状態になってしまった時には、毎日の生活の基本的なことに集中するようにしていくことがちょうどよい感じです。規則正しい生活、です。
朝の太陽の光を浴びて、散歩して、食事するときにはちゃんと準備して、お風呂入って、眠る、という流れを自分的な生活サイクルの中で型を決めて繰り返していくこと。月(衣食住)にフォーカスしてしばらくを過ごしましょう。やがてより増やしていくことを欲求するようになる、そんな日が来るから。
今日の話から感じたこと。

2018.10.06 Sat l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲
知らず思い込んでしまっていることというものはやはりあるもので、またひとつ私自身も解いていこうと思えるものに気が付きました。自分がどういう形でどういう風に歩いて行くのが自分らしいのか、その小さな具体性は? 例えばこの場面ではどのように? ということにも答えを出していく必要性を感じております。
答えに繋がっていく過程を楽しんでひとつずつ冒険しようと思います。
気が付けば、そんな太陽回帰。


2018.10.01 Mon l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲
瞑想の記録や夢の記録は大切なこと。瞑想や夢に意識を向ける練習になるというのと、記録のおかげで後々に資料として生きてくる部分があって大変助かるということが起きる、というのと。書くという行動は意識に刻んでいく行為だから、忘れないようにと思って書いているという部分があるのに、実際書くと、書いたことを忘れて無い、後々にもリアルに覚えてるっ!ていうことを体験したりとか。しかしこれは書かなければ起きなかったことでもあるよね、と思うものもある、とか。見ただけで書いて無くてもリアルに覚えているものもあるってことも体験する。日増しに濃くなっていくものさえある。きっと一生忘れない。そして本当に自分にとって重要性の無いことはあっさり忘れていったりするものだな、とか。
瞑想や夢を記録するってことひとつとっても、面白いことがその周囲にたくさん存在しているので、それらを発見し観察しましょう。自分の行動や自分に起きること、起きていることに興味を持ちましょう。

2018.09.24 Mon l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲
少し前に前兆はあって。自分の都合よく、止められない変化っていうのもある。
急に来たりする、電化製品とか。(笑) 
了解して、はい、進みましょう。(笑´∀`)
自分自身の変化の時という視点で。

2018.09.11 Tue l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲
そろそろ気候もゆっくりと変化してきていて、立体ライフシンボルで毎回暑い思いをしている方々も、少しラクになるかなぁ、と思います。何しろ焼く時には、窯は800度になりますので。
少しずつ、秋、ですね。

土星が順行になって、なにかが前に進み始めるという状況になっていくのですが、外からの影響としてそれを受ける側に居るだけではなくて、日頃から土星の働きを自分の中のものとして考えて、積極的に捉える、使う、練習をしていきたいね、と思うのでした。もちろん他の天体もです。

2018.09.08 Sat l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲
朝のお茶の一杯のありがとう。

2018.09.07 Fri l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲
一つ前の記事の補足です。
肝心なのは、例えばですが、私は乳酸菌、発酵食品が子供の頃に苦手で摂取しないまま長くを過ごしてきています、ということです。なので取入れよう、と。今では、食べてみればイヤダイヤダと身体が言うわけでも無いのですが。

あともうひとつわかりやすいのは、蟹座っていうのは食べ物によって感情が変わるよっていうこと。ならば、なすがままじゃなくて、積極的に変えていくことも可能なんだなってことです。何を食べたら自分はどういう感情や思考を体験するのだろうか、という視点を持ちながら選ぶ、食べる、とか。

2018.09.03 Mon l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲
自らの持っているクセを反映しまくっている自分特有の考え方というもがありますよね。信じこんでいるもの、という言い方も出来ます。壁にぶつかって何度もトライしてみるけれども、同じところに戻ってきてしまって堂々巡り、そんな体験をしたことがある方も少なくないと思います。時間の経過と共に問題自体を忘れてしまった…という程度のもからいつまでもずっと目の前にあリ続けていて乗り越えられないもの…というように程度も様々だと思います。
さて、もうどうしていいかわからない、という時に簡単にやってみることが出来ることがあります。そのかわり数日間やってみたっていうのは結果が出ませんので継続しましょう。それは日常の「食べ物を変える」ということです。変え方にも色々あるのですが、例えばわかりやすいのは、普段から少ないという人は積極的に「乳酸菌」を摂りましょうってことだったりします。腸内環境を変えることは、考え方そのものを変えてしまうこと、なのだそうです。糠などの発酵食品から摂るのが私的には好みです。
困っていて、自分で見つけるまで考え続けるのが大変だという方は、手軽なことからまずは実際やってみるのはいかが? 習慣を変えてしまうところまで、実践することが重要になるわけですから、積み重ねはやはり必要です。ということになります。

2018.09.02 Sun l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲
随分前になりますが、24時間の介護状態で10年以上を過ごしていた時期があります。稼ぎは母親に任せて、一人娘の私が仕事を辞めての介護生活でした。拡張型心筋症といくつもの病を重ねての大正生まれの父の晩年は壮絶なものでした。身体が不自由なだけで思考も感情も通常以上に動いている状態なので、どなたの言うことも聞かず、医者や看護師の言うことも聞かず、入院先から勝手に退院してきたなんていうことも通常。時代が時代であったというのもあると思いますが、剣術を教えていたり、書家であったり、検事だったり、琴の奏者であったり、大阪で生演奏の音楽喫茶を起こしたり、若い頃には松下幸之助さんの秘書のひとりだったとか、小林一三さんとも一緒に面白いことをたくさんしてきたそうで。特許開発もしていました。何人ぶんの人生だ?と思うような忙しい人でした。その人が人生の後半には、役職のあった寺院から離れ、宗教を通して遠い星を目指していました。環境に支配されることの無い人生、ただひとり自ら輝く、道を開いていくことの重要性を模索し、出会う人に語っている人でした。そんな父の生まれは、捨て子です。いろいろな事情があったのでしょう。ぎりぎりの段階で障害者手帳を作らざるを得ない状態になるまで、医療費は100%個人負担。父には本当の名前がある、そしてこういう名だ、と知った時には、さすがに衝撃を受け。私は私生児として育てられていました。父という存在が居るのに母子家庭、のようであったわけです。幼い頃の私にとっては、父は、時々おみやげもって来る人でした。たくさんの物語を話してくれる人でした。
そんなとんでもない父と、母も変人なので、そんなおかしな夫婦の間に生まれた私のとんでもエピソードは山のようにあります。
しかし本日書きたいのはそれらのいろいろでは無くて。(笑)
10年以上の24時間介護生活の中で、私は自然と幽体離脱的なことを覚えてしまっていた、という話です。時に過酷な状況は、とある能力の開発に繋がってしまうこともあるんだよね、ということで。身体が寝ている状態で意識だけが家の中を自由に移動しながら状況を把握しているという状態を、私は通常に使うようになっていたのです。日々の負担が大きすぎて必要に迫られて、ということダと思われるので私的には危険な状態を見過ごすこと無く便利で助かっていたのですが、なのでその時は幽体離脱をしたくて、というわけではありませんでした。ものごころついたときから人では無い存在や、木や草と話したり、危険を回避したり、生き抜くすべやいろいろを教えてもらったりしている子ではありました。
そんないろいろある私の日常の中での、へんてこな学び方による意識の開発を少しずつお話していけたらと思います。今になればこそ、お笑いネタ以外の何でも無いよ、という話ばかり。もちろん、出会いも奇跡も涙も笑いも、ぎゅっと詰まっています。何度思い返しても足りないくらいの感謝も、いっぱい。
自分の力ではどうにも出来ない環境にいたり、苦しい状況にあるとしても、それがいつかの未来に自分を助けてくれるものに変わっていたということは本当にあります。今の経験を望んでなどいないと思う状況にあったとしても、です。乗り越えて、生きて、なんとか過ごして、生き続けて、やがていつか風景が変わるときがやってくる。そこまで生きて、ようやく意味を知るということもあります。到底思えなかったことに対して、ありがとうって思う自分が、そう思える自分が出現する瞬間に立ち会うことも出来たりします。

2018.09.01 Sat l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲
一日早いけれど、9月の予定をアップしました。
最近はびわの葉茶を常時飲用しています。ホットで。

物心ついたときから、いつか旅立つときにはちゃんとしたい、ちゃんと死にたい、っていうのがありました。だからこそ「生きる」っていうのがどういうことなのか探さなければって思っていたし、そうしてきました。今も変わっていません。3歳くらいの時に10年は生きられんやろう、と医者に言われたような病弱さだったということも関係あるでしょうし、当時、父親はとある大きなお寺の一番上の役員をしておりほとんど家にいませんでしたが、生き死にについてのいろいろな不思議な話を聞く機会が多かったからというのもあるでしょう。その父も結局は組織を離れ我が道を求めてひとり旅をしていました。
地上優位という中においての常識などからだということが今はわかるのですが、若い頃に、見えるものに価値を起きすぎているとか蟹座のエネルギーの強いような感じの霊能者の方々からは、人間として言語道断である!と座ったなりに怒られるということがよくありました。中には電話受付の段階で断られたり、「降りてきなさい!人間なんだから!」と目の不自由な方に叱られたり。顔を見て5分で「言えることが無い」と、帰ってくださいと言われたこともあります。
北陸にいるころでしたが、面白いので霊能者巡りをしていた時期があります。どの位置から見ていると「それ」がどう見えるのかに興味をもったからです。その能力者の方が何を信じているのか、そこにいると何がどう見えるのか、そういうことに興味を持ちました。何人にもあってみると、違ったことを言う人にも出会います。「あなたには専用の存在が居るから私の出る幕では無い、私のとは違う存在です。それを持っていてなぜここに来たの?」とか、「あなたには師匠的な人が出てくるようだけれど、その人は地上からは誰からも見えない、本質が隠れてる、隠している、誰も本当の姿とかわからず、本当のこともなかなか見えない人だろう」とか。20代前半には、外国のサイキックの方に「やがて象徴解釈の仕事をしていくだろう」と言われたことも。
その後、そういったことを占星術ではどう読むのか、出ているのか、絵や作品や声やオーラにどう出ているのか、ルーツはどこまで知ることが出来るのか、など、様々なことに興味を持ち、勉強を始めて行くことになるのでした。

2018.08.31 Fri l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲
瞑想の練習は、重ねていくことで、今ここという場所や時間から外れて遠くへと移動することが可能です。過去・現在・未来にある様々な場面、普段の肉体では行けないような場所、普段の肉体のままでは会えない人、普段の会話できないような存在、などなど可能な旅の行く先はたくさんあります。自分の過去世や来世へというのも可能ですし、さらに大きく時を超えていくことも可能です。
名前の付いた「私」という存在のためだけの身体や気持ちが緩むためのものとしての瞑想は、すぐにどなたにもできるものでもあります。その先にあるものとして、好きなところへ移動することが可能なのだと知ったとき、びっくりしませんか? 呼吸を静かにしていき身体をここに置いて休ませておく間に、自らの意思を持ってとある目的のある旅をする。その練習をするほどより遠くへ、あるいはより近くへと、普段の意識から抜けている世界へと積極的に向かうことが出来て、そこで謎を解明していったり人生を変えていくような様々なことを体験していくことになる。普段は見えない、自分に縁のある様々な存在たちとの交流も可能になっていく。そんな旅の練習を個人セッションや少人数でのワークでさせていただいています。

2018.08.25 Sat l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲
行きつ戻りつ、結局は前進していく。今もここにあるものさえ、まるで有り続けるかのように見えるものさえ、ほんの少しずつ移行しているものなんだって、もうそれを知っている私の長きにわたっている整理整頓が、また一段深いところのものへと自然と進んでいく。そんな感触を出来るだけ細かく観察しながらいきたいと思う、この頃。

2018.08.22 Wed l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲
解凍されていくみたいに、少しずつ、いろいろなことを身体の中心で思い出していく…みたいなことが静かにここ最近また起き続けています。それは情報というものでもなく、そういう受け止め方でもなくて、それは生き方になったり自分の根本的な考え方になったりしていくもの。
夢の中でたくさん受け取って影響受けて模索して、実際行動起こして進んで、さらに模索しながら日々関係事項であろうことを積み重ねて、そんな風に人生を歩いてきたなぁ、と思います。一般的な社会性の作り方からは最初から外れてて、昔々はその中に入ろうとするほどはじかれるみたいなこともありました。当時はびっくりしてなぜなんだ!ってなっていたけれど、20代前半からは、さらに夢に導かれて実際を考えることが増えていきました。それが今の仕事に繋がっています。

2018.08.17 Fri l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲
例えば、ともかく遊ぶときは遊んでください。正しくあるには…どうしちゃいけないとか、どうあるべきだとか、色々考えすぎて普通に遊ぶことさえ手を出せずにいるという場合があるようです。自分の行うことを受け入れて認めていくのも練習が必要っていう人は案外少なくないのです。
手を出さないまま興味があり続けるのなら、それはいつまでも卒業できないテーマということになります。実際を知らないまま、けれど気がかりなままというものは、時には変質して「大っ嫌い」「あれは間違ってる」というような他者への発言となって表現されてしまうこともあります。
ノージャッジも練習、多くの人がそうです。ということで楽しく練習しましょう。


2018.08.09 Thu l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲
今年は、いつも以上に梅干しが売れているそうです。
余分なものが一切入っていないシンプルな梅干しは常備。さらに私は干したプルーンを時々口の中にぽいっと。

2018.08.06 Mon l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲
この夏は、まずは無理せず体調のことを一番に考えて、ひとつずつを進めていきましょう。この暑さに普段から慣れていない人ほど大変ですよね。暑いからとただただ冷やせばいいわけでもなくて、冷たいものではなく温かいものを飲む、シャワーばかりじゃなくて湯船につかる、などもポイントかなと思います。冷やしすぎは秋以降になってから体調に出やすいと言われているので、今から注意が必要です。

2018.08.02 Thu l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲
本日も早くから暑いです。今朝は起きていつものように動き出す前に、まず梨を口に。じゅわっと全身に染みていくような。

2018.07.19 Thu l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲
本当に毎日暑い日が続いています。お疲れ様です。

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つい先日の日食、今後の半年間をどうするかっていうことなどを考える&実践行動する機会として捉えていらっしゃる方も多いと思うのですが。自分の目的や目標、これから自分はどうしていくかということなどが今ひとつハッキリしないという方は、涼しいところでゆっくり呼吸する時間を持ったり、瞑想したりしましょう。
自分で決めていくものなんです、人生って。いつか誰かが何かが運んでくれるっていうのは、心を外に開いてる状態の人に起きること、です。閉じてじっとただ何かを待ってるというようなやり方の場合(これは籠城しているように見える)にはドラマは何も起きません。近くで起きようとしている変化や、その現場さえ見落としていつもの行動をしたり、無自覚に出会わないように避けたりしてしまうことさえあります。するとまるで人生はドラマティックじゃなくなっていく。
脳内に心の中に、描けるイメージが増えていくほど人生の自由度は増していくから、どこまでも描くことを「もっと増やそう、もっと増やそう」って意識的に広げていくものなんだと知っておくといいです。
欲しいものや欲しい風景をどんどん描きましょう。映画のシーンのように細かく具体的にイメージを描く練習を重ねていくといいです。

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2018.07.16 Mon l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲
堂々と自分でいること、その練習になるのは、小さくは「呼吸」でしょう。
意識して「吸って」「吐いて」を繰り返し、二つの動きとその間にある境目に何が入っているのかを考えたりしましょう。たくさんしてきた呼吸で、今もしている呼吸で、これからもしていく呼吸です。誰もがしている呼吸です。
けれど3歳の頃から長く喘息だった私は、大人になってからも「呼吸」がうまく出来ているとは言えない状態でした。いろいろなことに取り組み、練習してきました。呼吸に直接関わることも、直接的ではないものもあります。何を吸い込み何を吐き出してきていたのか、ということも考えさせられました。どのような思いで自分が吐いて、吸ってを無自覚に繰り返しているのかを考えさせられました。そこに積極性を発揮していいのだということを知らない時代がありました。
人生を生み出している、とも言える呼吸、それはどこまでも重要です。

2018.07.11 Wed l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲
私事ですが、プログレスの太陽が度数を変えるまで、あと3ヶ月弱ほどになりました。秋からは「ハロウィン」の30度になります。そのあとには射手座1度。その後30年は射手座のプログレス太陽の時代です。
ゆっくりと様々を整理していく流れの中にあって、まずは意思や気持ちの準備をひとつずつしています。実際、手放していくものは多くて、ひとつずつ解放したり納得していきながら、より大きなことを手放そうとしていて、という現状です。
さすがの29度は、やはりそのように、そのようなことはあって。これまでの約29年の蠍座の時代を振り返っています。せっかくなので、この度数の意味を積極的に知るチャンスなのだと考えています。後ろ髪引かれるものたち、あるいは、強く引き止めるものたち、という存在やエネルギーを感じつつ、その度に自分の感情の確認や意思を問われつつ、やはりこれからの人生は宇宙への帰還についてより詳しくなっていくこと、そう生きること、だと思っています。きっといつかはその30年間の様々を、立ち位置さえも変えて、語ることの出来る日が来るはず。
例えば、どうしようもないと思える現実を過ごしているんだ…、という方も、どうぞ諦めないでください。本当には、なんとかしようがあるし、なんとかなるものでもあるのです。見える世界と見えない世界の両方に渡りをつけて、そう生きる場所には、新しい意味が待っています。

2018.07.09 Mon l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲
たまたま目にしていたネットでの案内の店が気になって、用事があった街の少し離れたところへ足を伸ばし。到着した店は日本1号店なのだそうで。酸味と苦み、滋養、そんな初めてのショコラドリンクをいただきました。

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暑い日の午後。

2018.06.13 Wed l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲
この5月には呼吸器系のメンテに意識を向けることになった。もともとから弱い場所である。双子座は8ハウスで、ルーラーである水星が蠍座で12ハウス、という作りで。3歳になるかならないかで小児喘息発症し、小学校は卒業できないだろうと専門医に言われていた。当時飲んでいた薬は子供には危険で、その後に製造禁止となる。たくさんの子供たちが後遺症に悩まされることにもなった。
小児喘息はとある出来事によって奇跡的に13歳のとある日に、突然終わったが、風邪を引きやすいとか、呼吸が苦しくなりやすいという軽い特徴は続いた。
風邪が長引くと気管支炎、喘息の発作に近い症状へ、という流れになりやすい。近くに専門医もいて大きくは心配いらないが、今回のことで他の様々を見直すことになった。より好きなことを伸ばしていくために、より充実した仕事していくために、いつか帰っていく時のために。


2018.06.09 Sat l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲
今の時期特に、積極的に変えていくこと、変わっていくことに興味を持とうぜ!って思います。どんな小さなことからでもいい。自分の考えで、自分の気付きで、自分から出たもので、意思決定して行動にしていくことを、自分のためにやってやろうぜ!って思います。

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2018.06.03 Sun l sana日記 l COM(0) TB(0) l top ▲